2010/12/21

キッチン用水栓の水漏れ修理(TOTO製TKF51PR)

キッチンの水栓(TOTO製TKF51PR)から数秒に1回ポタポタという感じで水漏れがしだした。1ヶ月ほど放置していたのだが、周期が短くなったので補修部品を手配した。
この水栓は手前に開閉レバーがあって、温度調整は別の根元のレバーで調整する。メリットは温度調整がシングルレバーのように勝手にお湯が出たりすることがなく固定化できること、根元が濡れにくいので汚れにくい、子どもでも手が届く、など。

1枚目は水を出している状態。 手前のレバーを上に上げる。根元のレバーが温度調節。
2枚目と3枚目。レバー横のネジ頭キャップを外して、ネジをとると、分解できる。いろんなパーツがあるが、水漏れに関連しているのは、バルブユニット(発注品番:18849RBS)であることが判明。
TOTOパーツセンターへ連絡し、代引き決済で取り寄せる。4000円ほど。
実際に手配したのは私の素敵な奥様であるが、TOTOは補修パーツを一般人でも簡単に手に入れることができるのがすばらしい。

参考URLは以下;
TOTOパーツセンター
http://www.toto.co.jp/Showroom/parts/
TOTO修理施工ナビ HOME > 品番・商品名検索結果~分解図詳細
http://search.toto.jp/kensakuou/PreviewScaleDraw.aspx?searchStr=TKF51PR&hinban=TKF51PR&isHeader=1&whereFrom=2&isImg=1&isHaiban=1
4枚目。送られてきた新品のバルブユニット。
5枚目。ねじ込んであるバルブユニットを外してみると、パッキン類が本体に張り付いたままだったのでピンセットで取る。どうもここが劣化していたようだ。ここだけの交換なら数百円の世界だなぁ、と商売の綾に思いを寄せつつ、新品と交換に挑む。
6枚目。今回のパーツとツール(プラスドライバ、スパナ(モンキーレンチ)とピンセット)。作業時間は本番では撮影も含め15分。


(追記2016/2/29) 
↓ tutiさんのコメントにパッキンだけ交換できそうな情報が載っています。
自己責任でお試しください。

(追記2017/6/23)
自分でもパッキンのみ交換してみました。ご参考まで〜。

キッチン用水栓TKF51PRのパッキンだけ交換

2010/12/14

有朋自遠方来、不亦楽乎

先週の土曜日(12/11)、前の職場の同期がウチを訪ねに来てくれた。
彼とは、同期の中では歳が近いのと、前職の最後の4年間は同じ部署にいたこともあり、比較的話しやすい間柄だ。

彼は2度も骨髄移植手術を受けている。
最初の治療の後、職場復帰直前に沖縄を訪れときには、記憶にある面影からすっかり変わっていて、治療の後遺症も生々しいものであったが、かえって彼の戦いの痕跡を示す勲章のようにも思えた。
しかもその後、ご子息誕生となったようで、主治医から、これまで行った治療からはありえない、きわめて珍しい、学会ものだとびっくりされたらしい。
その後再発したようだが、運良くドナーが見つかって骨髄移植手術も成功し、そして2度目も生き延びた。

今回の旅行は、彼の奥様が仕事(出張)で沖縄は本島北部のヤンバルで1泊することになり、一粒種のご子息と便乗旅行と相成ったようだ。
残念ながら奥様とご子息は通っている保育園の行事が重なり、先に帰ってしまったのでお会いできなかった、というか彼が居残った。
昼間は徒歩で那覇周辺を散策した彼を首里駅まで子供連れで迎えに行き、改札で待つ。そして現れた。
仕事でニューヨーク在住経験のある彼は開口一番「この季節の沖縄はカルフォルニアの春みたいやな、気に入った」と言った。
前職場に居る彼とは積もる話も山ほどあり、夕飯時のほんのひとときではお互いの話したいことも十分には話せなかったと思うが、それでも、今の仕事、昔の同僚の様子、家族、治療と話題が尽きることはなかった。子供たちの相手もしてくれた。

次会えるのはいつのことだろう。

写真はその翌日、彼が東京へと帰る頃の雲と夕景。

2010/12/11

「ザ・ホテル—扉の向こうに隠された世界」(ジェフリー ロビンソン著、春日倫子(翻訳))

ロンドンにある五つ星ホテル「クラリッジ・ホテル」の裏側を描いたノンフィクション。と言っても原著が1996年出版なので15年前の情報である。420人の従業員がその半分程度のお客様に奉仕する。従業員の平均日当を考えれば物凄いものがある。1万円以下で泊まれるビジネスホテルとはワケが違う。
書いていてウケがいいのか、常連客たちのワガママぶりが余すことなく描かれていて面白い(104番テーブルを巡る常連たちの争いとか)。

マネジメントの仕方(総支配人がいない時間でもかならず代理が宿直しているとか)が参考になる。
高級ホテルといえども結構、属人的であるが、お客様は人間であり、人間の何たるかを理解している人物を抜擢しているのもホスピタリティを第一とする所以か。
伝統を守りつつ時代にキャッチアップしていく様も面白い。
伝統が息づいているというのは、伝統を受け継ぐ人がどこの出身であろうと、伝統そのものが生きているということ。
ダンカンは奇妙な感慨を覚えた。なにしろ、フランス人二人とデンマーク系アメリカ人ひとり、ユーゴスラビア人ひとり、イギリス国外で生まれた大勢のイギリス人、少なくとも三0の異なる国籍の人びとがよってたかって、ザ・ホテルのきわめてイギリス的な特色を維持しているだ。(p. 239)
ちなみにこのダンカン(副総支配人)と総支配人はフランス人である。

こちらの方の記事を参考にするとアフタヌーンティー(ケーキ・シャンペン・ティー・サンドイッチ)に8,000円とあるが(シャンパンが痛いのか)、一方、こちらの方はランチのセットで32.5ポンド(約4,250円)と案外リーズナブル。

2010/12/07

第26回那覇マラソン

2010/12/5(日)に行われた第26回那覇マラソンの応援に縁あって参加することになった。要は2号(♀6才)がガールスカウトに入っているので、そのお手伝い。

1枚目。中間地点の平和祈念公園でスペシャルドリンクの担当となった。奥武山から平和祈念公園までダンボール箱に投げ込まれて運ばれるので、せっかくの旗を立てたりの工夫も途中で壊れて生かせないものも数多くある。とりあえず、番号でカテゴライズするが、とても憶えきれない。上手いこと選手のゼッケン番号のドリンクを発見して手渡しできたときは達成感がある。しかし、置いた1/3は取られずじまい。

2枚目。とうとう発売になった電気自動車の日産リーフ。写真で見るよりデザインは受け入れ易いが、案外大柄。新時代を感じさせるモータの音だけが密やかに響いていた。長距離走行に難があるはずなので、実はこれもマラソンだったりする?
10年後は電気自動車が当たり前かもしれない。
3枚目。制限時間3時間15分を合図する花火の煙。リタイア確定の選手たちに、あと100mの中間地点まで頑張れと皆で応援する。

翌日の新聞に載った参加選手へのインタビューによると、コースのどこでも補給ができるホスタビリティホスピタリティが素晴らしいとある。例えば、参加した職場の同僚たちによると、沖縄そばは当たり前で、今回は吉野家糸満店がワンカップ牛丼を提供したようだ。どうやって食べていいかわからず取るのを躊躇してしまったのが心残りだったと。

見るよりは参加するのが楽しい事がよくわかった。
ちなみに私と同様にハナから出場する意志のない職場の同僚とは、マラソンは体に悪い、どう見てもマゾ体質、沖縄の人口の1%しか参加しないマイナー競技、と、ある種の畏敬の念を持って散々こけおろすことで意見が一致し、出場しない理由(言い訳)としている。

2010/12/01

最近夢をみる

以前とは変わって、最近よく夢をみるのだが、起きる時間帯が深い眠りのノンレム睡眠から浅い眠りのレム睡眠へとパターンの波が変わってきたのかな。夢の内容は支離滅裂な内容が大半で、登場人物は知っている人が多いが必ずしもその人そのものでもない。何かを投影しているのだろうか。結局は忘れてしまうのでどうということがないのは残念。

夢を見なさい、夢を目指せ、夢に向かってはばたけ、あなたの夢はなんですか、とか言うが、夢は儚(はかな)いものだから、若い人だけに言える言葉だとガッテンガッテン(「儚」って人偏に夢と書くのか…)。

画像は3号(♀2才)。朝のキッチンで。どんな夢を見ているのだろうか。

2010/11/23

「うん」

電話のベル。
『(もしもし)x$#&%)?』
「うん」
あのね、電話のときも「うん」ではなくて「はい」と言うんだよ。
「うん」


今日は勤労感謝の日。1年で1番意義のある公平で公正な祝日のように思う(感謝を強要するものでなければね)。

画像はガラス窓に写ったリビング。

2010/11/20

走ってでも下りのエレベータに乗る?

先日、通勤に使うモノレールの駅で体重の重そうな女性が20mほど走って閉まりかけの下りのエレベータに駆け込んだ。
この女性の論理
(走る大変さ x 下りエレベータでの楽チンさ) > 階段を歩いて降りる大変さ
走るほうがよっぽど大変だと思うのだが、人それぞれか。
ちなみにモノレール駅の下りエレベータを使用する男女比は女性の割合が圧倒的に多い。男性はほとんど乗らずに階段を使って降りていく。女性たちに理由を聞いてみたい気がする。

2010/11/17

LinkstationのTime Machineでバックアップ失敗から復旧

MacBookのデータはすべてBUFFALOのLinkstation(HD-H250LAN)というNASにTime Machineを使ってバックアップをとっていたのだが、何かの拍子でMacBookを強制終了したところ、その後うまくLinkstationへバックアップされなくなり、バックアップ失敗となった。
/Volumes/share-1/へのバックアップに失敗しました
その後もうまくいかないので調査に乗り出した。
復旧に向けての備忘録。
  • ディスクイメージがLinksstation上に見つからないことを最初にチェックすべきであった
  • ディスクイメージ名は”マシン名.local.MACアドレス" というように".local"も含む (MacBook.local.00xxxxxxxxのような。
  • ディスクイメージ名は”マシン名.MACアドレス" というように".local"は含まない (MacBook.00xxxxxxxxのような。MACアドレスのデリミタ(":"や"-")は削除)
  • ボリューム名は前回と同じにする ("share"とか)
  • "ディスクイメージを移動"は実はコピーしかできなかった。コピー元がMacBookに残っていると正常に動作しない。コピー元は削除する
  • Linkstationの共有フォルダのゴミ箱”.trash"内を削除する。".trash"にはTime Machineの実行結果が捨てられており、かなりの容量を食う。新たにTime Machine専用にゴミ箱のない共有フォルダを作成しバックアップ先を分けるのが得策(あとでやる)。なお、".trash"はMacからは見えず、Windowsからアクセスする必要がある。
 なんとかこれで復旧。
参考にしたサイト(感謝):
http://www.sky-s.net/sky-blog/archives/2010/04/25-230923.php
http://crossbreed.tv/archives/200905161230.php

2010/11/13

出張で金沢

出張で金沢に二泊三日で行ってきた。行きはJTAの直行便、帰りは羽田経由のJAL。
初金沢。金沢は仙台や福岡と同じ都市の見え方がした。沖縄はやっぱりかなり違いますね。
友人がついこの間まで住んでいて、大衆食では八番ラーメン、チャンピオンカレーが人気と聞いていたのだが、伺うチャンスは無し。ただ、ズワイガニは出張先との懇親会で堪能できた。
うがいの時に口に含んだ水の甘さが印象的。沖縄の弱点は質、量ともに水だよな、と思う。
兼六園にも寄ることができたのは役得。
金沢21世紀美術館にも寄ったが、コレクション展でのブース(個室)にはそれぞれ係員が居て、鑑賞しに来ているのに鑑賞されているような気がしてゆっくりできなかったのは少し残念。ボーっと脳みそをカラにして見たかったもんだ。
天気は崩れ気味であったが、念のため持っていたコートは必要なかった。
画像はいずれも携帯から兼六園。撮り方がよくわからず、かなり手ぶれ。
紅葉にはちょっと早かったが、松の大木、苔がよかった。外国からの観光客も多く、人の手が丁寧に入った高低差のある自然風庭園を堪能されたのではないか。

2010/11/10

LHH900R不調

こちらに書いたようにLHH900Rが不調である。ついに何をしてもCDを読んでくれないところまで行ってしまった。とりあえず、レンズを清掃してみるべく開腹する。

 1枚目、天板の6個の銅ネジとカバー。天板の後ろ側の3個のネジも外して開腹。
 2枚目、開腹。綺麗なもんだ。
 3枚目、基盤を俯瞰する。左下の基盤をよく見るとステレオで左右対称。贅沢な作り。
 4枚目、ピックアップ部。トレイ開閉の際に天板と接触する部分はスポンジが貼ってあったが、さすがに劣化している。ただそれ以外の内部の外観は綺麗。今はなきスイングアーム。中央に見えるレンズも綺麗であった。一応アルコールと綿棒で清掃する。
5枚目、クロックアップを依頼したゲート電子の履歴シール。ご主人はその後すぐ亡くなってしまった。無理をさせてしまったかもしれない。クロックアップの効果は、音調は変わらず解像度が高まる、フォーカスが締まる印象で抜群であった。感謝。

レンズ掃除後、天板を開けた状態でCD再生に挑戦。以前と変わらず読み込まない。
前にもご紹介した、CDプレーヤの修理のヒントによれば、レンズの清掃でダメなら「半固定ボリュームの調整」がイケそうである。次回はこれを試してみよう。
これでダメなら「ピックアップの故障もしくは出力低下、信号処理回路の故障、スピンドルモータもしくはそのサーボ回路の故障など」という。とうとうメーカへ修理か? ピックアップはもう在庫もないと聞いたし、そうなったら泣くなぁ。

最後に動作しない模様を撮った動画もYouTubeにアップ。撮り方が雑ですいません。

2010/11/05

ライフハック - 利で動いているのか、理で動いているのか

ラ イフハックシリーズ第15弾。

先日、仕事先の先輩と飲んでいると、会社が車で通う人のための駐車場の補助を打ち切る話になった。先輩が言うには、ある部長は以前、駐車場補助に反対していたのに、離れたところに家を建てたあとはおとなしく補助を受けている、誠にけしからん、のだと。
声高々の主張の背景には2種類ある。よく見極めて対応を考えよう。
  • その場、その時に自分が有利であれば以前と異なる主張も厭わない人 - 利で動く人
  • 自分の信念やポリシー、公平性などの客観的視点から主張する人 - 理で動く人
この話の部長は利で動く人で、先輩は理で動く人である。

利で動く人の部下は振り回されるかもしれないし、理で動く人は柔軟性がないかもしれない。

会社の話に戻ると、要は会社が駐車場補助に関して納得出来る仕組みづくりに失敗していると思う。

「琉球王朝祭り首里2010」(旧首里文化祭)

今年は1号(♂10才)が子ども旗頭の練習に参加しなかった{せいで|おかげで}、首里文化祭に観客として参加した。首里在住の祭り好きの方々が待ちに待った祭りである。
同じ首里圏内に住んでいながらもなかなか会えない人に会えるのも嬉しくもいいところ。
地域のための祭りで、地域外からの方に見てもらうことはほとんど意識していないのが特徴。

1枚目は地域の旗頭「武勇」、あと中学生以下用に小さく軽く作られた「飛翔」がある。
2枚目、手伝うはずだった子ども会の親御さん達の背中。
沖縄にはこの旗頭以外にも、エイサー、綱引き、ハーリー(爬龍船競争)など、地域により共同体の結びつきを強くする祭りが今も引き継がれている。これはやはり面白い。そういえば昨年も「旗頭と動作の表現」というポストを書いた。 
3枚目、バランスの危うさを面白さとする旗頭と電線との距離感が仕事柄非常に気になる。数年後には龍潭通りの整備も終わって地中化になる。ある意味緊張感はなくなるかもしれないが、真昼の青空から暮れの夕景にかけて、各地域趣向凝らした旗頭の飾りが格段に美しく映えるはずだ。
4枚目、首里文化祭に引き続き首里中学校で行われた「ガーエー」(がなり合い?、もみ合う状態)。首里在住5年目にして初めて見た。旗頭を「倒したら恥」みたいな緊張感。でも倒してしまったところもあった。



2010/10/28

タイトルの画像を変更 (6)

タイトルの画像を変更した。
先のポスト伊是名に二泊三日家族旅行で行った美ら海水族館の黒潮の海の画像を切り取った。
ありがちな画像なので気が変わるかも。
編集途中に「タイトルの要素」(blogpostのパーツのひとつ)を削除してしまい、焦った。元には戻っていない気がする。

2010/10/25

TV無し生活一ヶ月経過

1ヶ月前の9/26(日)、朝からブーたれて予定もキャンセルした1号(♂10才)の売り言葉に買い言葉でTVを撤去した。
これは私の素敵な奥様が以前から画策していたもので、TVがあるとそこに強く惹かれてしまう1号の日常生活向上対策の一環でもある。

ニュースはインターネットと新聞(地元ローカル紙:結構頑張っている)がメインで、私の素敵な奥様はNHKラジオニュースをPCからを流すという、音だけでニュースを入手できる現実的な解を追加している。
もともと朝のニュース(ゲゲゲの女房は特例)と夕飯後くらいでTVをあまり見る家庭ではなかったのだが、存在自体が「無い」というインパクトは大きい。

ともかく、TVは無くてもなんとかなるものである。2号(♀6才)、3号(♀2才)もなんとも思っていない。一度だけ2号が最近見ないね、みたいことを口にしただけ。
地デジ化なんてどこ吹く風(撤去したTVは地デジ化対応なのだが)。

ただでさえ時間が惜しいのに、TVに時間を取られていたなんて(すぐ復活したりして^^;)。

オーディオ近況

スピーカ間隔を拡大
2ヶ月程前に部屋のレイアウトの都合上、スピーカの間隔を広げてみた。芯ー芯(スピーカ中心間)で1.9mから2.4mへ。
結果、音がほぐれて六畳間の窮屈な感じからライブステージのノビノビ歌いだす方向へ変わっていった。好みである。
右スピーカがコーナへ近くなるので低音の扱いに困るかなと思ったが、そう心配するほどでもなかった。
この部屋では今の位置が良いみたい。

LHH900R不調
まだ、こちらでちょこっとだけ紹介したPhilipsのCDプレーヤ LHH900Rが不調である。CDの読み取りに失敗するのである。読み取りというよりも、CDの回転に行かないのである。お掃除CDをかけて騙し騙しの状況。
ここを読むと、ピックアップを掃除しないとイケないのかな。天板を外す必要がありそう。
しかし、本当に壊れてしまったらどうしよう。他の国産メーカの端正な音はいまいち惹かれないし、そもそもCDプレーヤ自体に選択肢があまりない。
PCオーディオは当然、視野にあるが、チャイルド・プルーフにするのは苦労しそうなのでしばらくは静観なのだが(触るなと言って本当に触らせないのは簡単。丁寧に扱うようになってもらいたいのにスキルが追いつかなくて壊してしまう(ファイル名書き換えとか)のがジレンマ)。
いずれにせよ、壊れてしまったら後がないので、慎重にことを運ぶことにする(対キッズ対策)。

2010/10/23

伊是名に二泊三日家族旅行 (2)

前ポストに続き、その他の写真を追加。今月はネタ切れというかスタミナ切れ。

1枚目。伊是名の仲田港近く。台風7号の爪あと。モクマオウの木という木の葉が飛ばされ、葉だけでなく幹も飛んで来てた。無精髭のごとく再生中。
2枚目。シラサギ展望台からの別ショット。小学3年生の頃、毎週のように親戚と海に行ったことを思い出す。拡大すると沖に伊江島(中央上のトンガリ山:城山(伊江島タッチュー))が見える。
3枚目。伊是名村役場近く。本島北部でも見かけたガスボンベとパイプで作られた交通安全のお兄さん。台風でも飛ばされないよう足元はしっかりとコンクリートで固定。長い間行き交う人々を見守ってきたのだろう。忍耐強さに感心する。
4枚目。海洋博公園、ウミガメ館。ウミガメと3号(♀2才)。方言で亀はカーミー、瓶(かめ)はカーミ。語尾を伸ばすと伸ばさないとでぜんぜん違う。最近全国化したニガウリ:ゴーヤーもゴーヤでは違和感ある。
5枚目。美ら海水族館、サンゴの海。色とりどり多種多様な魚たち。サンゴ礁の魚は少量多品種(流通に乗せにくい)、北の海は大量少品種。どちらが豊かと考えるかは人によって違う。
6枚目。美ら海水族館、黒潮の海。よくある構図。アクリルパネル向こう側の役者は同じでも観客は刻一刻と入れ替わる。

2010/10/19

伊是名に二泊三日家族旅行

伊是名島へ1号(♂10才)の秋休みに合わせて遅い夏休みをとって、二泊三日で家族旅行へ行ってきた。みんな初めて。
LX5で適当に撮影。
朝10時に出発、読谷村のやちむんの里で2号(♀6才)、3号(♀2才)のご飯茶碗を購入後、今帰仁村の「まんてん」という沖縄そば屋で昼食。
1枚目、15:30の伊是名行きフェリーで今帰仁村の運天港を出発。
2枚目、フェリーのマストと秋の空。フェリーからはトビウオも見えた。でもまだ15〜20cmほどで小さい。 初日はダラダラと過ごす。

3枚目、2日目の朝日。沖縄本島最北端のさらに北から上がる太陽。
4枚目、2日目、朝一でレンタカーを借りに行く道沿いの街路樹(松の木)で、この季節に鳴く無警戒のセミを捕獲。
5枚目、島に唯一のレンタカー屋手前の防波堤で1号が朝一出発のフェリーとすれ違う。レンタカーは半日3000円、1日3500円だった気がする。朝一フェリー乗船前返却で十分間に合う。
6枚目、2日目午前、シラサギ展望台から望む陸ギタラと海ギタラ。とても景色がいい。夏は熱くて辛いかも。午後は昼寝の後、奥の浜で遊ぶことにした。これでも10月中旬です。
7枚目、その前に、銘苅家へ寄る。軒(雨端:アマハジ)の低さ、佇まいがとてもいい、らしい。確かに落ち着く。
8枚目、弁当を買って食べて宿に戻って、昼寝の後、6枚目の奥に見えた浜で遊ぶ。沖縄本島にもこういうところが昔は多くあった気がするけど。

夜はレンタカーで島内を巡るが、人工灯の無い真っ暗な浜へ車を寄せてみたが、私の素敵な奥様が本能的に抵抗したので降車を断念。その後2号は「ね、うし、とら、う、たつ、み、…」と覚えたての十二支を念仏のように繰り返していたので、やっぱり怖かったのか?

3日目は、朝一のフェリーで本島へ戻り、美ら海水族館へ。

総じて、大人はリフレッシュ、子供は沖縄の原風景を脳裏に焼き付けたと思う。観光地を急いでまわるよりよっぽど充実したのではないかと、自己満足してみる。

(追記2010/10/23) 続きもあります。

2010/09/28

初きっぷ

2号(♀)が先日6才になった記念にとモノレールの初きっぷ購入体験企画を私の素敵な奥様が立案し、家族全員参加のもと実行に移した、と言ってもモノレールで那覇空港までの沿線ピクニックというものである。
那覇空港のA&Wで軽く昼ごはんでも、と思っていたら店外まで行列の案外混雑ぶり。仕方なく2回目のきっぷ購入となり、隣の赤嶺駅まで戻って往きに見かけた長崎ちゃんぽんの店で皿うどんなどを食してみる。土地柄か家族連れが案外に多い。途中、3号(♀2才)が2号のチャーハンをくれと泣き騒ぐので店の外へ連れ出し、なだめすかし説得に次ぐ説得で納得し落ち着くのを待つ。1号(♂10才)はもっと難しかったし、妥協しなかったなとちょっと回想してみる。最終的に3号が満足する形で長崎ちゃんぽんのお店を後にする。
また隣の小禄駅のJUSCOまで歩き、1号の時計用ボタン電池を買う。この日は琉神マブヤーショーが予定されているようで、30分前から観客が客席は立錐の余地もないほどの鈴なり状態に驚く。みんな正義のヒーローにマブヤー(魂)持っていかれたしまったようだ。正義を声高に主張するものは一度疑わないといけないですよ、みなさん。すべての侵略や戦争は身勝手な正義の名のもとに始まった、というのは極端かな。
家へ戻るため、小禄駅からこの日3度目のきっぷ購入で帰りのモノレールに乗車する。3号(12kg)を腕に抱えたままだったので空いている席に滑りこむように座り込むと、隣の女性が1号と2号に席を譲ろうとする。私の素敵な奥様のバス等では子供より大人を優先するという女系2代続くポリシーを穏やかに主張して遠慮する。これをきっかけに向こうからいろいろ話しかけてくれて、実は1号と同じ音の名前だと分かったり、代わる代わる2号や3号を話題の種にする。しかし、いまいち会話が噛み合わないが、私も人の事は言えないと内省する。
件の女性は黒髪にアイシャドウバッチリのパンク系の出で立ちだが、よく見ると両腕には二の腕まで等間隔でリストカットの傷跡。自己破壊的な衝動(習慣?)はどうやって生まれるのだろう、もしかしてタトゥーの一種なのか、腕を出す仕事は難しいだろう、などとしばし考える。5駅ほどで彼女は降りたので、子供たちと一緒にサヨナラをする。子供たちは良くも悪くも何か感じただろうか。
またしばらくモノレールに揺られて行くうちに無事に首里駅に着いたので2号の初きっぷ企画は終了。
家に帰って2号、3号と共に昼寝をむさぼる。

と徒然日記風に書いてみた。

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