2009/05/04

アバロン Symbolのツィータ断線-3(修理完了)

続き1(イントロ)
続き2(断線確定)

大場商事から送付されてきたのはFOCALのTC90TDX。OEM元の会社名そのままなのでちょっとびっくり。
外観上はディフューザーがついているのが大きな特徴。マグネットが違うのか奥行きはだいぶ違う(後でシールドと判明)。ネジ穴や周囲のサイズは一緒。
厳密にはオリジナルと違うのだが(一瞬もう片chも交換か…が頭をよぎる)、そこは大場商事を信じて、交換に踏み切ることにする。

まずは到着品の導通チェック。導通ありで問題なし(当たり前か)。
ゴムパッキンは引き続き流用する。
半田ごてを持ち出して、電気を入れてコテ先を暖める。
ついでに紙ヤスリでコテ先の酸化皮膜を削り落とす。この時少し火傷をしてしまった。バカである。
まずは交換品の端子に半田をのせる。いきなり配線ケーブルと端子を半田付けするよりも作業が早い。
緑の配線ケーブルがプラスのようなので、赤い端子(プラス)にワニ口クリップで端子と緑色の配線ケーブルを固定し、半田付けを行う。冷えるのをちょっと待って、同じようにもう片方の端子(マイナス)も行う。
冷えるのをちょっと待って、箱にネジ止めするまえにこの状態で、音を出してみる。
出た。一安心。
ボンダスの六角レンチでユニットをネジ止めする。ついでに、ウーファーともう片ch分もすべてのネジを増し締めする。半回転くらい結構ゆるんでる。
家人は寝静まっているので、小音量で音出しをしてみる。とりあえず、この状態では左右のツィータの差による違和感はない。
よって、作業完了とする。
故障品を交換品の箱に収め、近いうちに発送する予定(元払い指定かよ…。後で元の値段を知ると返さなくてもいいんではないかと思ったりもする)。

ところで、このFOCAL製のツィータ(TC90TDX)を調べてみると、全く同じ物は見つけきれなかったのだが、ZalytronとでE-Speakers.comでTC90TD5というのを発見。価格は怒濤のUS$75だよ。1/4以下かよ。
スピーカはユニットの値段で決まる物ではないが、交換品の値段は無いよなぁ。
値段なりを知ると箱とネットワークさえなんとかなれば既製品から手が離れそうだ(そうは言っても箱とネットワークが大事だって…)。
よく見るとTD5はシールドされているがTDXはされていないな。そういえばオリジナル(故障品)はシールドされているように見えたので、箱から取り出してオリジナルのシールドを外そうとしてみたが、壊しそうでやめた。
それにTDXにはFOCALのマークがない。これはアバロン向けである証拠か(もっともオリジナルにはしっかりAvalonとあったが)。

次回は個人輸入ででTD5にすべきかな。ウーファーも調べておこうっと。

2009/05/01

アバロン Symbolのツィータ断線-2(断線確定)

続き1(イントロ)

断線かどうかを確かめる。
手順は、
  • ユニットのネジの取り外し
  • 半田ごてで内部配線とユニットを結びつけている半田を溶かしてユニットを取り外し
  • 取り外したユニットの両端子にテスタを当てて導通を確認
だ。

ここで問題発生。手持ちの六角レンチでは、六角穴付ボルトのサイズが合わない。どうもインチ規格のようだ。どこまでもアメリカンである。そういえば、スパイクのネジもインチであったことを思い出した。BDRのコーンを取り付けるためにネジが別途必要だったのだ。この時のサイズは1/4-20x1"であった。ネジは三和鋲螺さんで購入した。
さて、六角レンチ。DIYセンターに行く暇もないので、アマゾンで比較検討の上、"BONDHUS(ボンダス) ナイフ型六角レンチセット9本組 インチタイプ HF9S"を入手する。
早速、ボルトに合わせてみると、サイズは"9/64"であった。
ボンダスの六角レンチは使い勝手がよいな。

半田ごてを十分に暖めて、箱とユニットの間に挟まっているゴム製のパッキンを焦がさないよう注意しながらツィータと配線の半田を溶かして配線を引き抜く。プラスとマイナス両端子にそれぞれ行う。
ユニットが外れたら、両端子にテスタを当て、導通を確認する。
導通なし、断線確定!(いやうれしくないんだが)
ネジがなくなっても困るので、とりあえずユニットを元に戻す。

翌日、大場商事へ交換品のオーダを再度問い合わせフォームから行う。以後のやりとりはメイルでとお願いも添えて。
手続きは銀行振り込みまたは代引きがあり、銀行振り込みにする。
翌々日の朝一で振り込む。その日の夕方には発送したとのメイルが届いた。

到着待ち。

続く3(修理完了)

2009/04/30

アバロン Symbolのツィータ断線-1(イントロ)

我が家のオーディオ機器のスピーカはアバロンの"Symbol"である。
以前はマーティンローガンの静電型スピーカ"Aeirius i"(エリアスi)を使っていたが、3年ほどで埃が静電パネルに堆積して音量レベルが低くなってメンテの必要があった(まともに交換すると10万円近くかかる)。メンテ費用と新規購入を天秤にかけて、価格の割には繊細でサウンドステージを感じられそうなSymbolに変えたのが6年前(そんなになるのか…感嘆と溜息)。Aerius iの引き取りを条件に半額程度で新品を安売りしているのを購入した(B級品と言っていた)。私のような事情が多かったのかそのマーティンローガンも2005年以降日本へ輸入されていない(修理サポートはある)。

ところが6年もがんばってきたSymbol君、3ヶ月ほど前からスピーカの片CHのツィータから音が出ない。なんのかんので調査を先延ばしにしていたら3ヶ月も経ってしまった。
原因として考えられるのは
  • ツィータ内部の断線
  • スピーカの配線の断線(コネクタであれば外れ)
か。以前住んでいた部屋がかなり暑く、湿度もあったように思う。腐食の可能性が高いのでツィータの断線が一番考えられるが、配線の外れだと自分で修理できるのでお財布的にうれしいなと淡い期待と持つ。
ダイニングセットの修理に合わせて部屋のレイアウトが変更になると部屋の反射が変わったせいか、音が良くなった気がしたので、ここぞとばかり思い立って、輸入代理店である大場商事の問い合わせフォームで問い合わせる。記入事項は住所・氏名・電話番号・メールアドレスの他に装置名、装置のシリアルナンバー(S/N)も必要だ。店名とS/Nは悪用される可能性があるので伏せた。
○○と申します。

アバロンのSymbolをXXXよりB級品ということで2003年4月に購入したものです。貴社より発送していてだきました(引っ越しにより住所が変わっています)。
そのSymbolですが1ヶ月ほど前より片chのツィターが断線しているのか音が出ません。
SP自作の経験はあるので断線かどうか特定作業にかかろうかと思いましたが、まずは貴社でどのような修理対応が可能か確認したいと思い、問い合わせた次第です。
(正常なもう片chのS/Nはxxxxxxxでした)

あと、気になる点が2点ほど。
引っ越し前の部屋の環境のせいか、最近突き板の剥離が激しくなってきました。
ウーファの1本が低音の比較的大きめの入力時に底突き(ストロークを制御できていないような)でビビるような音を発生することがあります。
他所でも事例は発生しているでしょうか。

まずはツィータを直したいと考えております。

お忙しい所恐れ入りますが、ご連絡のほどお待ちしております。
表面の突き板も剥離が激しさを増している。ツィータの断線も、突き板の剥離も、ウーファの底突きも湿気に関係がありそうである。ちなみにアバロンもマーティンローガンもアメリカ製である(両方とも湿気には弱いが音はいいよ)。
フォームを送信するとその日の内に折り返し電話が来た。要約する(実際は丁寧な受け答え)。
  • ツィータの修理はできずにユニット毎の交換となる。在庫はある。
  • 費用は次の通り。ユニット:42千円、工賃:15千円、消費税:5%
  • 沖縄から本体を送るのは送料がかかるので、自分で交換作業をするならユニット代のみで結構。ただし故障ユニットは返却すること。交換作業における破損については保証できない。
  • ツィータ断線や突き板剥がれの事例はあるが少ない。ビビリ音は接着剤の剥がれによるものだろう。
まずは、本当にツィータの断線かどうかを確認して大場商事へ連絡することとした。

画像はWikimedia Commonsから、Symbolを見ると思い出すオベリスク、ワシントン記念塔(Washington Monument)。ワシントンに行ったことはないが。

続く2(断線確定)

2009/04/20

ライフハック - 「当たり前」はあなたの経験

ライフハックシリーズ第8弾。
「当たり前」「普通」「一般的」「常識」「当然」などの言葉を用いるときには、それが自身の経験の範疇でしかないことを意識しよう。
相手が語る場合でも自分が語る場合でも(相手の経験から来た「当たり前」と自分の経験から来た「当たり前」)。
そんなことも分からんかねぇ、常識的に考えて当たり前のことなのに、当然、こういうことは一般的なことでしょう、普通は。とか言う人がいたら気をつけましょう。オレはお前じゃない。

画像はWikimedia Commonsから、Chuckyという猫。憂いのまなざし。ウチの猫は怠惰のまなざし。大違い。

2009/04/11

「ペリリュー・沖縄戦記」ユージン・B・スレッジ著

講談社学術文庫、伊藤真・曽田和子の訳、2008年初版。沖縄戦の部分は以前に「泥と炎の沖縄戦」(外間正四郎訳、琉球新報社、1991)として出版されていたようだ。
原著は"With the Old Breed : At Peleliu and Okinawa"(Eugene B. Sledge, Presidio Press, 1981)。
画像は、訳本がはてなへ、原著がWikipediaへリンクしている。

18才で志願兵として入隊した海兵隊員の回想録。著者は復員後最終的に生物学の教授となった。

今まで、沖縄戦に関しては住民側の立場の記録は時を変え場所を変え何度も読んだが、米国側の生々しい記録はこれが初めてである。欠けていたピースが見つかった感じだ。

著者は公式な文書や歴史書と実際に筆者が体験した前線での様相との乖離が激しいことに驚いたことが執筆に至った動機の一つのようだが、この回想録を記述することによって戦友たちへの責任を果たすことが著者の務めだと感じていたようだ。ただし、書き上げるまでには、長い時間が経っている。夜中に襲ってくる悪夢から目覚めて冷や汗や動悸に襲われることがなくなるまで待たなければならなかった。1944年9月15日に始まったペリリューでの1ヶ月半、1945年4月1日沖縄上陸以降の3ヶ月、正味4ヶ月半に及ぶ戦いの傷跡を時が癒してくれるまでに実に36年近くもかかっている。
太平洋戦線での体験は脳裏を離れることがなく、その記憶は私の心につねに重くのしかかってきた。(中略) 彼らは我が祖国のためにあまりにも大きな苦しみを味わったのだ。一人として無傷で帰還することはできなかった。多くは生命を、そして健康を捧げ、正気を犠牲に捧げた者もいる。生きて帰ったきた者たちは、記憶から消し去ってしまいたい恐怖の体験を忘れることはできないだろう。(p.4 はしがき)
ペリリューも沖縄も戦いの前線は両国共に常に凄惨な修羅場、地獄絵図が展開される。ただ、同じ地獄にしても、米国側には、後方支援があり、物資の補給があり、兵の補充があり、部隊の交代があり、束の間の休息があり、「100万ドルの負傷」で本国へ帰るチャンスがある。その米国でさえ上述の引用のように生き残った体験者に暗い影を落としている。対して日本側は物資の補給も、兵の補充もなく、最後には逃げるところも無く、負傷は即死を意味し、生きる望みは無いに等しい。どのように死ぬかだ。目の前の地獄から逃げおおせたとしても待ち受けているのはまた別の地獄である。

日本兵による海兵隊員への死体損壊目撃も提示されているが、本書が特筆すべきなのは、同じ海兵隊員による蛮行の数々(死にかけている日本兵からの金歯奪略の目撃とか)や、夜中日本軍に悟られてはいけない時に精神的に耐えきれなくなった同胞を静かにさせるために行われたこと(朝には死んでいた)、親友同士の悪ふざけによる事故死(空砲だと思ったら弾が入っていた)など、包み隠さず記述していることである。戦争の狂気をあからさまにする。単純な米国万歳の本ではないのである。
もう一つ、通湊低音のように流れているのが共に戦った戦友達との信頼関係だ。命を託した「信頼」はすでに「家族」と同義であると述べる(逆に言うと信頼できる関係が家族とも言える)。

訳者あとがきにも解説にも繰り返し述べられているが著者は「無益」「無駄」な命の消費を嘆き、戦争がもたらす「狂気」と「むごたらしさ」をひたすら伝えようとする。
われわれは頭のつぶれた敵の将校を砲壕の端まで引きずっていき、斜面の下に転がした。暴力と衝撃と血糊と苦難−−−人間同士が殺し合う、醜い現実のすべてがそこに凝縮されていた。栄光ある戦争などという妄想を少しでも抱いている人々には、こういう出来事をこそ、とっくりとその目で見てほしいものだ。敵も味方も、文明人どころか未開の野蛮人としか思えないような、それは残虐で非道な光景だった。(p.456 第十五章 苦難の果て)
同時に、当初は日本兵に対しても同じ戦争に巻き込まれた人間として見ていたが、それも同僚たちが殺戮されるにつれ日本兵を「ジャップ」や「ニップ」と呼び憎悪を露わにし同情の念が消えていったことも告白する。
しかし、沖縄戦では、住民を「ニップ」とは違う扱いをしていた記述もある(傷を負い自分を殺すよう嘆願している老婆の救護を要請する隙に、おとなしく物腰の柔らかな若者が彼女を殺害したことに対し逆上し、同僚と共に彼に怒りをぶつけている。
「俺たちが殺さなきゃいけないのはニップなんだ。こんなばあさんじゃないんだ!」(p.434 第十四章 首里を過ぎて)
ペリリュー島では住民は島外へ移住させられていたが、沖縄戦では住民が日本軍と行動を共にした結果、その多くが砲弾に巻き込まれ死んでいったのではないかと思う。
また、時に現れる沖縄の風景や景色に触れるたびに美しいと描く。

保阪正康(ノンフィクション作家)による解説の最後。
日本軍の将校、下士官、兵士からこのような内省的な作品が書かれなかったことに、私は改めて複雑な思いを持ったのである。(p.476 解説)
Wikipediaのペリリュー島の戦いには、ニミッツ提督が日本軍の勇敢さを讃えたとされる詩文が紹介されているが、Wikipediaにさえ言外に捏造と思わせる記述ぶりで、実際の英文も中学生の教科書的であり日本人が作ったとしか思えない。歴史の歪曲は死んだ兵士たち住民たちへの冒涜であり、より賢い未来を放棄するものとは思えないのだろうか。
ただ、原著が発刊されて27年、最初の訳本が出版されて17年経った今出版に至った関係者の執念に感動し、感謝すると共に、かつて「敵国」だった米国側の記録を出版にまでこぎ着けた彼らの姿勢に一筋の光明とも言うべき良心を感じるのである。

1945年から64年、原著の初版から既に28年の歳月が流れている。これらの戦いで肉体、精神の両面で運良く生き残った著者も2001年に亡くなった。死に際して何を思っただろうか? ペリリューと沖縄を再訪したことはあったのだろうか?

伝えている内容と共に筆者の冷静な筆致に加えとても読みやすい訳で好著だと思うが、訳本では沖縄の地名のふりがなに2点ほど誤りがあるようなので指摘しておく(リンク先はWikipedia)。
  • p.340「安波茶」(あわちゃ → あはちゃ)
  • p.377「崇元寺」(タカモトジ → ソウゲンジ)
このポストを書く過程でものすごいサイトを発見した。
沖縄戦史公刊戦史を写真と地図で探る 「戦闘戦史」
圧巻なのは沖縄戦史の記述を日本米国両側の記録から浮かび上がらせ、それと共に戦場写真から撮影位置を探し出し、現在の写真と比較している。現在の住居の近くや実家の近くの写真もあってかつての戦場の上に生きていることを実感させられる。
沖縄は日に日に変わり続けている。土地の記憶も造成や住宅建築でなくなりつつあることが上述のサイトからもよく分かる。

歴史は繰り返すという。でも先人たちの悲惨な経験を未来に繰り返す必要はない。このような本だけで十分だ。

2009/04/06

省エネナビ復旧、1日後

前のポストの続き。

画像は電力センサを分電盤の外に出して1日経過後(2009/4/5、撮影はその翌日4/6)。グラフは正常、アンテナマークもバリ3(今時言わないか)。とりあえず大丈夫そうだ。

右画面のグラフのピークは、左がオーブンレンジ(私の素敵な奥様がパンを焼いたのでやや長時間)、右のピークが乾燥機(雨だったので)の使用。深夜24時に向けて少しグラフが右肩上がりになっているが、私の素敵な奥様が何か作業をしていたらしい。

左画面は上が1日の電力使用量、下が目標値。目標値の算出基準が未だに分からない。

昨日実家に寄った際に実家の電力使用量を見るとウチの半分くらいだった(両親二人暮らし)。実家で待機電力を消費するのは冷蔵庫とテレビ、コードレス電話くらいしかないのでその差が大きいのだろう。

2009/04/04

省エネナビ不調 → 電力センサを分電盤の外へ出し復旧

最初の1.5ヶ月は順調であった省エネナビだが、ここにきて1週間ほど不調である。
以前のポストはこちら。
省エネナビ導入
省エネナビ導入、続き

省エネナビの電力センサと本体と間の通信に失敗しているようで、右画面のケータイの電波受信状況のようなアンテナマークが×マークである(写真を取り忘れた)。上手く受信出来ているとアンテナが1〜3本立つところだ。
その結果、写真にあるとおり、30分単位で表示される棒グラフに何も出なくなった(この写真は復旧後に撮ったのでアンテナが3本立っている)。日々の電力使用量が疑似リアルタイムで確認することが目的の一つだったのに、これでは何のために導入したか分からない。
たまに受信に成功すると、いまで受信出来なかった分が蓄積されているのか、いきなり棒グラフがポーンと飛び上がる。たぶん1日1日の累積値は大丈夫だろう。

しかし、さすがに1週間も異常な状態が続くと、何とかしなければと思い、重い腰を上げてみた(最近は比喩になってない)。
妨害電波を受けるような外部環境の変化は特に思い当たらないし、本体と電力センサ間の距離は直線でたった3mだ。それではと電力センサを分電盤内に押し込んでいたのが影響しているのかなと思った(分電盤開腹の写真右上電力線の後ろ部分)。電力線の向こう側なのでシールドされているようでもあるし、電力線から放射される電磁波の影響をもろに受けやすい場所でもあった。そういえば本体も電力センサも位置はずっと固定なのに表示されるアンテナの本数はまちまちだったことも思い出した。

そこで初心に返り(まだ初心者なんだが)、マニュアルの例に倣って、電力センサを分電盤の外に出すことにした。
家族が眠りについた後、脚立を取り出し、分電盤を開け、電力センサを取り出し、電力センサの状態を点灯状態で確認する底部のLEDが見やすい位置に来るよう配置を考え、分電盤を閉じ、脚立を降り、本体を確認するとアンテナは3本。通信は成功しているようだ。
しばらくはこれで様子を見てまた問題があればその時考えよう。

省エネナビで使われている特定小電力無線は設置環境に結構気をつけないといけないのかも知れない。

(追記)
続きがあります。

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