2010/08/11

実家の雨漏り

実家が雨漏りしだしたので、いくつかの業者に補修の見積り提案をしてもらった。親に大した金はないので息子が負担する構図である。
実家は復帰の年(1972年)に建てられたRC+コンクリートブロックの平屋だったが6年後に1階の床面積を広げ、かつ、2階を増築してある。その既存部分と増築部分の間から漏れているようである。コンクリートは固まると石みたいなものなので、後からくっつけたつもりでも厳密にはくっつかない。ウチを設計した建築士に言わせると、今なら技術的解決方法があるそうだが、何しろ30年以上前だからねぇ。この増築、風の通り無視(おかげで風の通りがイマイチ)、水回りの分散化(集中化が基本)、私の目で見ても設計がイケテない。が、今更仕方がない。

さて見積りをもらうにあたっての条件は、
  • 雨漏り対策 (当然)
  • 天井補修 (シミになっているので取り替え)
  • 保証 (雨漏り工事は難しい)
である。提案内容はまちまちで、それぞれの業者の得意分野から、
  • 外壁全塗装(天井補修なし)
  • 雨漏り+天井補修
が多かった。 しかし、皆高い!なんだよ200万円とか300万円の見積りって。
で最終的に一番安くて、内容の不足も無いところに頼んだ。工程表提出を追加条件にして。
契約時には担当者と工事範囲を現地で確認、契約となった。このとき雨漏りに嫌気がさしていたので早く契約を終わらせるべく工程表の確認を忘れていた。プライベートでは感情が先に出てアカン。それでも2割減額の80万円で契約。
工事の様子を母親がチェックしていたのであるが、雨漏り対策に2人x4日、天井補修に4人x1日、1人x1日、計13人日で終了。人工代を2万円/日とすると、人工代だけで26万円。材料費や経費入れても契約額までいかないな。契約してしまっているのでちょっと考慮中。

LindemannのUSB-DDC 24/96

ON爺さんご来訪の記事でお借りしているのが、LindemannのUSB-DDC 24/96。手持ちのDAC(BenchmarkのDAC1)とMacBookとの間に挟むことができる。ちなみにこのDAC1はUSB I/Fをもっていないので渡りに船。

比較はStyleaudio社USB DAC(CARAT-PERIODET)。このUSB DACに関してはこちらの記事を参照。一聴してLindemann~DAC1の組み合わせが好ましく感じる。柔軟性がある、一本調子でない、音色が多彩(言い過ぎか)、より細かくなった、という感じ。でも共通するトーンはあって、これはMacBookの音と思われる。

ウチで実験した組み合わせを無理矢理比較、順位付けすると、
  1. CDP(LHH-900R) + DAC-1
  2. PC:MacBook + Lindemann + DAC1
  3. PC:MacBook + CART-PERIODET
    となる。現時点だけ比較する1になる。2と3は傾向としては似ていてるし、低音はよく伸びているようで、ウチのスピーカだとちょっと制御し切れているようには思えない。MacBookは再生ソフト以外は手付かずなので調整の余地はままある。PC本体、再生ソフトの吟味、USBよりFireWireがベター、不要プロセスの削除、電源改良などなど。総じてPCオーディオの潜在能力、可能性の高さを感じた。

    2010/08/04

    週末のめまいと吐き気けとMRI検査

    備忘録兼ねて。

    先週末の金曜日(7/30)
    朝ベッドから起きてみると、ぼーっとしているなぁ、と感じつつ階段を降りて、なんか回っている、船酔いみたい、と気味悪さを覚える。午前中は仕事を休み実家へ所用のため車の運転もする。実家でめまいで景色が回転しているのを再自覚。
    午後、通勤のモノレール駅まで歩きながら、まっすぐ歩けないような気がする、と感じたまま仕事へ。
    仕事中(デスクワーク)も、景色が左から右へ流れていくような、相対的に頭が右から左へイメージだけ動いているような感じを持ちつつ、気にはなるのでネットで調べると回転性めまいらしい。帰宅の道では時々右側へ足を踏み出しながら、やっぱりなんかオカシイと思いつつ、いつものように食事、シャワー、絵本の読み聞かせなどを済ませ就寝。吐き気はなかった。

    翌土曜日(7/31)
    朝からめまいが激しい。ゆっくりとしかし確実に景色が回る。吐き気もある。朝食摂取不可。私が言う前に私の素敵な奥様が察してくれて、子供たちの相手を引き受けてくれる。一日中寝て過ごす。みんなが出かけた後、朝昼兼用ごはん少量をそれなりに美味しく食すが、1時間後に吐いてしまう。とうとうその日はめまいと吐き気&数回嘔吐に晩ごはんも受け付けず、ひたすら寝る。そのうち半分はぼーっとしているが、起きてネット界隈をうろつくなどPCを直視する作業は困難。本も読めん。

    その翌日日曜日(8/1)
    この日は子供たちのスケジュールが三つもあり、負担が大きいので親が分担しないとイケないのだが、私の素敵な奥様の全面バックアップの元本日は親稼業臨時休業とする。前日よりめまいは軽くなったが、代わりに吐き気が酷い。水さえも受け付けない。1時間に1回は吐いている気がする。唾液が胃にたまるだけで反射的に吐くような。今年初めも酷い嘔吐に襲われた(自業自得なのに受身形)ことがあって、胃が荒れているのではないかとフラフラ&ボーっとしている頭で邪推する。食事は受け付けないが、熱中症も怖いのでスポーツドリンクを飲んでは吐く。夕方ころから吐き気が度合いが治まってきた。でもPCも本もNG。

    明けて月曜日(8/2)
    めまいは殆ど納まり、吐き気も無いが食事は取れない。私の素敵な奥様の進言もあり、仕事を休んで朝一で病院へ行くことにする。
    最初の看護師さんの問診では、めまいや吐き気(嘔吐)の経過を説明した後、下痢はないか、生食していないかの吐き気関連を潰していった。体温は35.5℃で低めであった。医師の問診では、耳鳴が無いことを確認されてから(これでメニエールを除外)、MRIが午後空いているし、脳外科の先生も午後ならいるし、でMRI検査を推められる。めまいが怪しいのか。MRI検査は午後なのでそれまでの間、2日間スポーツドリンク以外は食事も取っていないので頭痛対策も兼ねた点滴(5時間)も行う。
    点滴を受けるためにMRI検査室へ移動する。患者服でなく平服のおっさんが点滴を移動台車を持ちながら廊下を歩いている姿はちょっと滑稽だ、でも気分は病人そのもの、とぼやっと思いつつ促されるまま部屋に入る。
    MRI体験
    すべての所持品をロッカーに預ける。ベルトのバックルは取らなくてもいいみたい。検査担当の看護師(?)から、閉所恐怖症でないか、金属物の体内への埋込みはないか(ペースメーカとか)確認される。 「検査は30分から40分ほどです。検査中は道路工事をしているような音がしますが、耐えられない場合は、備え付けのブザーでお知らせください。頭は動かないように固定しますね」と説明される。筋骨たくましいヘルメットを被ったオジサンが大勢で行う道路工事と宇宙人にさらわれ生体検査を受ける哀れな地球人の頭固定のイメージが重複してちょっと緊張度が増す。
    検査中は「工事中」の音は「コンコンコンコン」「カーンカーン」「ゴッゴッゴッ」「カンカンカン」などの打撃音が少々のエコー音を伴って拍子を合わせるようにある程度規則的にくるので、ヘッドフォンで聞く一種のトランスミュージックみたい。背中がちょっと痛いから頭動かしたいけど動かしたらやり直しかな、などと考えているとあっという間に検査時間終了。「トランスミュージックみたいでした(余裕、病人なのに)」と検査員にお伝えする。苦笑したような何言ってるか分からないけど愛想笑いしてみた、みたいな反応。
    診断
    点滴室へ自力で戻り、残り2時間を待つ。浣腸をしなければならないオジイと看護師のやりとりを聞いても不快でも何でもない。みんな病人仲間。
    点滴が終了すると、脳外科の問診があるというので待合室へ出て待つ。
    脳外科の先生がMRI写真を見ながら説明するが、こっちは、画像ファイル重そうだな、ストレージ容量も半端じゃないよなとか考える。脳も異常なし、動脈のきれいなもので、脳から来るめまいではないですね、メニエールでもなさそうだし、となると、三半規管に何かゴミのようなものが入った内耳性のめまいでしょう、との診断。血液と尿の検査結果も良好。
    この病院の医師たちの迷いなき判断(吐き気とめまいの症状から、問診で食中毒を除外、メニエールも除外、吐き気はめまいから、めまいは脳か内耳かで念のためMRI検査、脳は無し、で内耳)に感心と安心を抱く。
    一旦終了
    終わりの連絡を受け迎えに来てくれた家族に「何か簡単なものを食べたい」と要望し、一番近いファストフードのマクドナルドで久しぶりに食べ物をみんなで食す(あ、1号(♂10才)以外)。花火が出来なくてごめんなさいね(ここだけ「ですます調」)。

    その後もめまいの兆候はちょっと現れては消えていくので完治ではないのだけれども、そもそも耳掃除のやり過ぎだったかもしれない(最近は1日1回だった)。
    この週末、おかげで3~4kgは体重が減った。病気ダイエット(普段どんだけ食べんてんだか)。

    画像はエッシャーの「版画の画廊」。回転性めまいはこの絵を実地に見ている気分(ちょっと大げさ)。


    (2012/7/7追記)続きがあります。

    2010/07/30

    「虜人日記」小松真一著

    あわせて読みたい
    「日本はなぜ負けるのか―敗因21カ条」山本七平著
    「総員玉砕せよ!」水木しげる作

    著者の死後、私家版を読んだ山本七平氏によって評価され、出版に至った。

    詳細は「日本はなぜ負けるのか…」に譲って、全く違う視点から著者が太平洋戦争時に赴任先のフィリピンでいかに九死に一生を得たか、を引用してみる。
    まずは当初の赴任地台湾から内地へ帰還するとき。
    内地帰還 〜 海難
    当時、富士丸は最優秀船で速力があるので一番安全な船とされ、この船の切符には「プレミアム」がつく位だったので、、欧緑丸に席を持っていた陸軍将校の人に交渉して交換してもらい、家族一同どうやら同じ船で内地へ行くことになった。… 夜明け、船が止まったので甲板に出てみれば前方に鴎丸が沈没しかかっていた。遭難者が、ボート、筏で流れてくるのを、富士丸と共に救助した。(p.12)

    突然、 すぐ目の前にいた富士丸の胴体から水煙があがった。やられたと船室に飛び込み子供等に用意をさせる。窓から見れば富士丸はもう四十五度に傾き、次いで棒立となって沈んでしまった。雷撃後三分三十秒であっけなく姿を消した。(p.13)

    富士丸の遭難者の大半を救助した頃、我々の船めがけて三本の雷跡。あわてて船室に帰る。船は急旋回。そのとき、ドスンと大きな音がした。もうだめだ。が、幸い魚雷は不発で助かった。(p.13)
    船を変えたおかげと魚雷不発で2回。
    レイテ島
    生意気な奴と一緒の船の中にいるのは一日でも少ない方が良いので、オルモックで下船してしまった。… この日の夕方、我々の乗ってきた船団はタクロバンに向け出航したが、タクロバン入港直前グラマンの第一回空襲に会い、全員行方不明となった。生意気な少尉殿のおかげで我々は命が助かった。「冥せよ少尉殿」(P.42)
    少尉殿のおかげで1回。
    大編隊
    十三日、自分の誕生日なので尾頭付きで一人祝ってやれと,イピイル工場の桟橋で比人の服装をして魚釣をしていた。すると海上すれすれに二機の戦闘機が飛んでくる。友軍機と思い手を振れば自分の五十米程前で急旋回した胴体と翼に明らかに星がついている。これはいけないと思ったが逃げればやられると思ったのでそのままじっとしていた。(p.45)
    比人の服装と態度で1回。
    セブ島に帰る・第二回セブ空襲
    グラマンが立ち去ったので穴から出てみると今下船した日吉丸は一撃で沈んでいる。上陸が三十分遅れていたら死んでしまうところだった。(p.47)

    空襲の間隙を縫って山手の兵站事務所に行く。ここの連中はもう逃げて誰もいない。係員を探しているうちにまたグラマンの機銃掃射を受けた。危うくやられるところだった。(p.47)
    太田旅館に泊まる。毎日空襲される。疲れて昼寝をしていると、銀座通りでグラマンにバリバリやられている夢をみた。ふと気づくと本当に身近でバリバリやられている。ほうほうの体で壕へもぐり込んだ事もあった(p.47)
    下船のタイミング、機銃掃射が1回づつと空襲。
    ロペス酒精工場、コンソリの爆撃に大破
    上空にはグラマン六機が獲物をあさっている。まだ突っ込んでくるにまでには一,二分ほどあると思ったので、自分等三人は溝から上がり、近くの防空壕に飛び込む。それと同時にいままでの自分たちのいた溝めがけてグラマンが急降下しながら機銃掃射を浴びせた。壕の窓から硝煙が流れこんでくるくらい間近な弾だった。(p.68)
    機銃掃射を察知で1回。
    タリサイ酒精工場大爆撃
    土民の壕から出て橋のところまで行くと、第三編隊が襲いかかってきた。橋のたもとの坪井大尉専用の壕に入る。今度はタリサイの町の中に投弾された。今出てきた土民の壕は直撃を受けて皆死んでしまった。(p.72)

    六回,七回と波状攻撃は工場を中に続けられた。もう消火どころではない。壕にうずくまっているだけでやっとだ。十二時二十分、第一回の爆撃から二時四十分までの二時間二十分の間に十四回のB24の爆撃を受けた。一編隊の機数は六機〜二十四機だ。よくも助かったものだ(p.72)
    壕を出て1回。あとは空襲。
    コンソリの盲爆
    自分の家の周囲にも六,七発落ちた。自室の窓、天井、戸等に大穴をあけられた。近くの比人の家は吹き飛ばされ、比人が十人ほどと水牛、犬、鶏が死んだ。(p.77)
    空襲。
    タリサイ街道
    その日の夕方、神谷氏に出会うと、「今日小松さんたちと別れて五分ほど歩いた頃(我々が土人に椰子を取らせて水を飲んだところ)、自分たちの五米前を歩いていた海軍の軍属の前にゲリラがいきなり現れ自動小銃で彼を射殺したので、慌てて溝へ逃げ込んだところ、警備隊の兵隊が五人程、銃声に驚いて駆けつけてくれたので助かりました。もうタリサイ街道も危ないですよ」と言われた。我々が椰子の水を飲んでいたとき近くにいた比人達も危ないものだった。(p.81)
    比人ゲリラで1回。

    台湾〜内地〜フィリピンへと移動し、米軍が上陸する前までに以上のようにことごとく助かっている。九死どころではない。もうほとんど運。死んでもおかしくないし、実際、ほか多数は死んでいる。
    米軍上陸前は「運」で助かったが、上陸後のジャングル彷徨では、著者の知識と実践力がいかん無く発揮され、また、いよいよ苦しくなったときに見つけた場所がよく、最終的に生き延びた。。
    本の後半は、ストッケード(ストックヤード?)と呼ばれる収容所での生活が記述される。

    著者が感情に溺れること無く冷静に観察、記録したからこそ、組織としての日本軍、日本人の性質への言及がより鋭く威光を放つ。
    輸送船は簡単に沈められ、物資の補給は無し、植民地での傍若無人ぶり、現地で文化を残せない、豪語と不実、リーダの資質不足、友軍の人肉食(著者ではない)、暴力での組織化などなど目を覆うばかり。

    この本の価値は結果的にお互い補完関係となる「日本はなぜ負けるのか…」で山本七平氏が自身の経験を交えながら論理的に明らかにされる。

    ところで、沖縄戦に関する又聞きの情報が二度現れるが、いずれも、住民のスパイが多かった、という。これが真実なら史実ものだし、そうでなければ、当時の在沖日本軍の地元住民に対する偏見がいかににひどいものだったかを図らずも表していて、興味深い。

    2010/07/29

    「ガラスの巨塔」今井彰著

    こちらも会社の先輩から借りた本。

    NHK元職員(プロデューサー)の小説の形を借りたほぼノンフィクションと考えてよさそう。

    小説の形にしたのは、NHKに未練が残っているからなのか(断固とした決別姿勢を取れないのは、一部の職員に配慮があるとか、怒っても実名は暴露しない人間ですとアピールして敵を作らないとか)。

    アマゾンでの書評を読むと、小説としての出来に不満、暴露本なら実名ですべしなどの厳しい意見もあるが、内部から見たNHKということだけでも価値がある。

    NHKは…(遠くを見る)…仕事でお世話になったことがあって、在京5社の民放とは金のかけ方が違うし(TVの国際中継にかける金が民放5社合わせたものと同等だった…十何年も前の話)、そもそもTVもあまり見ていないし、最近の民放が芸人の笑い(=笑いの効果音)に頼っていたり、過剰な演出・効果で民放を見た瞬間に食傷気味となるのでNHKが多いし、かと言って、NHK(NHKに限らないか)のストーリーありきの仕込みが見えた瞬間の興ざめ感とか(期待し過ぎ)いろいろあって、TVに感ずるものは多く、視覚に訴えるものの影響力の大きさに改めて感心したり。そうそう、その時の仕事で海外のサッカー中継で音声は現地の観衆の声だけというのをモニターしたことがあるが、あれは自分もその場にいるような感じでよかったな。

    10,000人の職員がいて現場は3,000人とか(あとは何してるの?)、番組優先でない組織のあり方とか、出世競争をめぐる醜聞とか、いろいろ、どろどろ。
    一方、番組にはスタッフの意思が込められているという見過ごしがちな点も思い出させてくれる。おかげでエンドロールのスタッフの多さに番組の内容とは関係なく毎回関心するようになった(ひとつの番組を作るのにかなり多くの人が関わっている)。

    人を活かせない組織というのは勿体無いと思うが、大組織だと一人一人を丁寧に見ることも出来ず、また、官僚的になり易く、小組織(またはフリーランス)だと人材を活かせる環境にない、あるいは、金がないことが多い。 業種により「人材を活かす組織の規模」というのは最適解があるように思えるが、その最適解の組織が市場で生き残れるかどうかとは関係ない。近年では組織の市場占有か、小組織のニッチ狙い(→大組織に買ってもらう)が生き残りつつある。大いなるジレンマ(この「大いなる」の反語ってなんだろう)。

    2010/07/26

    「カデナ」池澤夏樹著

    会社の先輩からお借りした(無理やり借りさせられた?)。

    著者は以前、沖縄に在住したことがあり、この地での暮らす人間から聞いた興味深い話を小説のネタとして随所に盛り込んでいるように思われる。
    屋上に飛行機を乗せている店、オクマ・レスト・センターの飛行場、カデナ基地内の描写、国道58号線、プラザハウス、ガマ、B-52の墜落など、ある程度暮らしたものでないと書けない。

    4人の主人公がいるが、サイパン帰りのオジーのあるがままを受け入れていった生き方、語り口が沖縄独特のおおらかさを感じさせてうまいと思った。

    実は、主人公たち、特にフィリピン生まれの米軍人フリーダが饒舌(いや饒舌すぎる)に語るように、沖縄の声、思いを日本へ届かせようとの著者の思いを小説の形に巧みに(無理矢理?)入れ込んだ本、だと思った。

    アバロン Symbolのクセ

    この間、ON爺さんご来訪のときに気づいたのだが、このスピーカ、特定のソフトかつ音量高めの場合に低音でボーボーという共鳴音が聞こえる。
    これは導入初期に感じた低音不足と合わせてこのスピーカのクセ、負の特徴だと思う。
    こちらの記事のコメントにA.Mさんが書かれているように、底面のバスレフポートに何か詰めて再度チャレンジしたいと思う(以前試したときは少し詰まった音がした感じがしたのでやめたことがあった)。

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