2010/07/25

「アドレナリンジャンキー」トム・デマルコ他著

というわけで、ご紹介。
プロジェクトマネジジメントにありがちな86のパターン。
プロジェクトだけではなく組織をまとめて何らか目的に進む必要がある人には役に立つ。
上意下達、絶対服従のような軍隊的指示系統ではなく、プロジェクトチームメンバーひとりひとりの能力を最大限に活かすマネジメントがベースにある。目的は最高の結果を得ること、その手段がメンバーの能力を最大限に活かすことであり、著者たちの経験に裏打ちされたものである。
パターンをいくつか紹介してみよう。
パターン23「静かすぎるオフィス」
オフィスが静かすぎるのはチームが魔力を失ったしるしである。
静かなときは何かおかしいと察しないといけない。うまくいっているときはボヤキや仕事以外の会話も面白い。チームが生きているのを実感する。
パターン25「沈黙は同意とみなされる」
相手には、あきらめの沈黙と同意の区別がつかない。
… 沈黙のルールによる同意は、次のように訂正される。「同意しなければ同意とみなされない」
不服があるなら黙っててはいけない。
パターン44「ブルーゾーン」
チームに少なくともひとり、いつも与えられた権限以上のことをするメンバーがいる。
そういう人がいないチームはチーム間だけでなく担当者間ですでに壁がある。壁ができると隙間ができる。隙間には何かが落ちていく。落ちたものに気づかない、または見ようとしない組織は自己保身が優先されているのであり、本来の目的を忘れてしまっている。
パターン45「ニュースの改良」
悪いニュースが組織の下から上へ正確に伝わらない。
あはは。
「おそらく1月は無理です」(チームリーダ)
→「正直言って1月は不安です」(プロジェクトマネージャ)
→「1月というのは難題だとは思いますが…」(アプリケーションマネージャ)
→「1月には間に合うと自信を持ってご報告できます」(CIO)
だって。ありがち。
回避するためには(1)対処方法の決定 と(2)原因究明 を行うことを推奨している。また、(1)を優先すれば、「悪いニュースが隠されたりゆがめられたりする可能性が低くなる」とのことだ。
パターン56「知力の集中」
1つのプロジェクトにフルタイムで参加すると、個人のパフォーマンスは向上する。
逆を言うとプロジェクトを同時に複数兼務すると頭の切り替えのオーバーヘッド部分が発生するため、パフォーマンスは落ちる。私も経験しているし、どうしても浅くなりがち。100点満点からは遠い妥協の結果を迎える。

この本は著者たちの長年の経験と深い洞察から得られたパターンを提示しているのでほとんど異論がなかった。
ただ、マニュアルではないので実地に活かすにはこの本の中身を咀嚼し消化しておく必要がある。

2010/07/21

ON爺さんご来訪


ということで(えっ、どういうこと?という人はこちら)、オーディオの先輩のひとりであるON爺さんが来訪された。
ON爺さんは、PCオーディオの可能性にいち早く目覚め、目覚めるだけでなく、自身のサイトや雑誌を通じて情報発信なさっている。そのバイタリティに圧倒されるばかり(爺さんは謙遜ですねぇ)。昨年あたりからPCオーディオ方面へ誘導されているんじゃないかという気がするが、実際そうで、ちょっとしたものをお貸しいただいた。PCオーディオばかりでなく従来のオーディオシステムもかなりの強者である(というかそういう基礎があるからPCオーディオでもブレない)。

沖縄が縁でお知り合いになったのだが、大阪の以前のご自宅にも1号(♂10才)が4才の時に一緒にお邪魔したことがある。その時は1号がON爺さんのパスタ調理中にひとりでフランスパンをほとんど食べてしまい(確かに美味しかったが)、ON爺さんの楽しみをひとつ奪ってしまった。あの時は本当にすみませんでした。

今回も、パスタにワイン、子供たちの相手と、いろいろどうもありがとうございました。 >ON爺さん

写真上
今回は3回目、新居になって2回目のご来訪でiPadを持参してくれた。2号(♀5才)とiPadで戯れる。2号も面白かったようで、やっぱり革新的なデバイスだな。

写真中
ON爺さんお手製のニンニク入りナーベラー(ヘチマの沖縄名)パスタを囲む。ナーベラーの新境地をご披露。バジルの代わりにフーチバー(ヨモギの沖縄名)も使った。

写真下
外は明るいがもう19時半頃。お夕飯のま最中。2号がどういう理由で何を指しているかは不明(一目瞭然?)。

2010/07/20

備忘録(半年分)

ここのところポストが滞っている。
書きたいものは3月ころから溜まっているのだが…。
とりあえずのTo Do Listとして以下にリストアップ。

3月に立て続けに亡くなった近しい人3人。
小さいオバー(オバーの妹、母親の叔母さん)
近所のトウメさん
東京時代の沖縄の先輩ウエザトさん

通勤中に読んだ本。
アドレナリンジャンキーズ、トム・デマルコ他
カデナ、池澤夏樹
ガラスの巨塔、今井彰
日本の弓術、オイゲン・ヘリゲル
那覇軍港に沈んだふるさと、上原 成信
虜人日記、小松真一
日本はなぜ負けるのか―敗因21ヶ条、山本七平
人間集団における人望の研究―二人以上の部下を持つ人のために、山本七平
勝負師の妻、―囲碁棋士・藤沢秀行との五十年、藤沢 モト
沖縄 シュガーローフの戦い―米海兵隊地獄の7日間 ジェームス・H. ハラス(猿渡 青児 訳)

オーディオの先輩の一人、ON爺さんご訪問

2010/06/13

PCオーディオ (USB DACお試し編(3))

前々回前回の続き、afplay編。

前回のiTunesをやめて、コマンドラインからafplayで再生してみることにする。
アプリケーション 〜 ユーティリティ 〜 ターミナル.appを立ち上げる。
コマンド形式は名前(Audio File Play)が示すとおり単純でファイルを指定するだけである。
> afplay ファイル名
でいいのだが、実は音質オプション(-q)があっ て、0がデフォルト/低音質、1が高音質とある。
("> man afplay"には書いていないので "> afplay -h"でオプション類を確認すべし)
> afplay -q 1 ファイル名
ただし、高音質オプションの詳細は不明のようだ。実は今の環境では0と1の大きな差は感じ無かった。

ということで音は出た。まぁいいかな。
しかし、問題が。

afplayは単純、 単機能なので、複数ファイルを読み込めない。つまり連続再生できず。
ちょこっといろいろ検索してみると、熱いコメントのやりとりを発見する。
信助さんのオーディオから「Afplay はターミナルから手入力した方が音が良い」
元ネタはGUIではなくCLI(CUI)からafplayを使ったほうが音がいいから始まり、それに反応して、
ターミナル(CLIウィンドウ)からafplayを実行すると音がいいとか、
対象ファイルを一度キャッシュに読み込む(cat * > /dev/null)と音がいいとか(ディスクアクセスが減る)、
ターミナルではなく、そもそもGUIを起ち上げないコンソールから実行すると音がいいとか、
シェル(sh/csh/bash/etc...)によって音が違うとか何とか。
シェルでかよ!

コメントのやりとりの後半に232さん(2chの投稿番号?)の"find"コマンドで組み立てた方法が書いてあった。
UNIX的にはシェルスクリプトのほうがスマートな気がしたが、シェルスクリプトの場合は音が変わるので、しーかたがないので、findで力技をやっているのはある意味オーディオ的。コマンドが長いので、いちいち叩くのもなんだし、ということでシェルのaliasを使う手があるけれど、デフォルトのbashでいろいろやってみて、空白の入ったファイル名の扱いをどうするか解決できなかったので空き時間にでも検討してみよう(あるのか?)。

このコメント欄の一連の流れや先達の開拓記事を読んでみると、PCオーディオは要はシステムに負荷をかけない方が音がいいようだ。
(PCオーディオの便利さとトレードオフですなぁ)

実は、このUSB DACを試す直前に「PCオーディオfan No.2」が届いていた(アマゾンで在庫切れになってた)。
付録のハイレゾリューションDVD「タッド・ガーフィンクル録音選」はリッピングせずにDVD直で聞いてみると、さすがによかった。
うーん、高次のフォーマットに簡単に対応できるのは、さすがにPCオーディオの柔軟性かぁ。
ちなみにPCオーディオfan No.2は恐る恐るのNo.1より気合が入っている気がする(引き換えにアマゾンの書評では突っ走りすぎと喝も入っていた)。

で、afplayで既存オーディオとの差は縮まったのか。
確かに縮まった。
でも、差は確実にある。まだ既存構成の代替にはなれない。
全般的に野放図、制御されていない感じはするが、逆に小さくまとまっていないとも言える。
しかし、先達が開拓してくれているように、もっとハード的にもソフト的にも手を加える余地はある気がするし、実際そうなのだろう。
しかもコストを考えれば、これはもう(嘆息)。

とりあえず、別の視点で、コンソールログインができたことも収穫(優れたGUIが売りのMACでやるとは思わなかったよ)。
# GUIで誰かがログイン中はコンソールログインができないのもよくわかった(確かにそうなんですけどね)。

USB DACは気軽でとてもいいのだけれど、ちょっと気になるところは、USB2.0までは時分割ではあるけれど半二重通信で、FireWireに比べ負荷も高そうだという点。だからといって音がよければいいじゃない、とは言うものの、気にはなる。USB3.0で解決されるんだろうけど。

オーディオはPCオーディオ専用に開発された再生機の登場で何かが変わるかもしれない。
(モノラル 〜 ステレオ 〜 CD 〜 ファイルといったオーディオメディアの新たなパラダイムシフトの真っ只中)
(専用機はオーディオ価格なんだろうか)
(高価すぎると汎用PCでの再生の世界も延々と主流として残るのではないだろうか)

2010/06/09

PCオーディオ (USB DACお試し編(2))

前回の続き。

長きに渡った仕事が一段落ついたので思い切って平日に休みを取り(昨年度は法事以外休みをとっていない…)、これもしばらく放ったらかしにしていた住宅ローンの借り換えに必要な各種証明書の取得に役所へ行った後、PCオーディオお試しのための一人の時間がとれた。その間3号(♀2才)を外に連れ出してもらっていた私の素敵な奥様に感謝。

とは言っても、時間もそうそうないので、既存オーディオを鳴らしながら、耳を慣らして、PCオーディオのはじめの一歩、USB DACを接続する準備を始める。当初予定していた最低限の構成から始めて、USB DACの必要性を実感するステップアッププランは省略した。
ということで、お借りしているStyleaudio社のUSB DACであるCARAT-PERIODETとMacBookを用意する。CARAT-PERIODETの出力端子はRCAである。ちょっと問題。ウチの機器間はバランス接続なのでRCAケーブルは常用していない。しーかたがないので、ベッドの下にしまってあったオーディオ関係のがらくた箱からRCAケーブルを引っ張り出す。USBケーブルもなんとか探し出して以下の構成を構築した。比較対象の既存オーディ構成はその下段。パワーアンプ以降は省略。プリアンプの入力切替だけで比較試聴ができる。
  • MacBook - USBケーブル - USB DAC(CARAT-PERIODET) - RCAケーブル - プリアンプ(Aleph P MKII)
  • CDP(LHH 900R) - デジタルケーブル - DAC (DAC1) -  XLRケーブル - プリアンプ(Aleph P MKII)
なお、USB DACの電源ケーブルは持ち主の手によって改造されている。

試聴に使うCDをMacBookに挿入し、CDのフォルダを開いていると、ファイルが認識されるに連れ、アイコンが変わっていく。そのうちiTunes(9.0.3←最新一歩手前)が勝手に立ち上がる。無線LANはつなげたままだったので楽曲の情報をインターネット経由で自動で(どちらかというと勝手に)取得してくる。インターネットって"What a Wonderful World"だな。

iTunesに表示された楽曲を眺めて、さてスタート、と「読み込み」ボタンを何故か押してしまう。リッピングだった。途中で止めようにもすぐには止まらないので諦めて、ものはついでとアルバム1枚分をリッピングする。後でファイル容量を確認するとWAV形式で10MB/分くらい。60分のCDが1000枚あったとして最低限必要な容量は 60分/枚 * 1000枚 * 10MB/分 = 600,000MB = 600GBなり。サーバーがいるな。

iTunesの再生ボタンは上のQuickTime同様、右矢印記号(▲の右90度回転)のボタンであることを確認していざ再生。

うん? 音が出ない。

内蔵スピーカのボリュームを上げると、音は出るので、熟考3秒、USB DACへ音が渡っていないなと、そこで、
  • Apple Menu ~ システム環境 ~ サウンドで「USB DAC」を選択(「内蔵スピーカー」ではなく)
出た! 第一目標はクリア。

しかし…。

ハイ上がり、腰高(同じ意味か)、シャカシャカ。情報量も少ない気がする、というか実際少ない。これはイカン、誠に遺憾。Nautilus、ご訪問での経験から、この程度ではないはず、としばし沈黙(一人なのに)。

MacBookの電源品質か、無線LANか、CPU負荷か、USBケーブルか、RACケーブルか、結局チューン不足か、などと一瞬だけ思いを巡らせている間に、そういえば、と「読み込み」ボタンの横にある「読み込み設定」 というボタンを押してみる。フォーマットの変更はここでやるのか、と。ファイルフォーマットの設定をデフォルトのまま使っていたので、読み込み設定が「AACエンコーダ」となっていた。非可逆圧縮されている。これが第一の原因だな、とHiFi的によく使われているであろう、「WAVエンコーダ」に設定してみる(後で調べたら「AIFF」でもいいようだ)。ついでに、サンプリングレート、量子化ビット数なども「自動」から「44.1kHz」「16bit」「ステレオ」の固定とし、iTunesに対し責任はこっちが持つと宣言する。「シェフのおまかせ」では不味かったときに一体誰に文句を言えばいいのか(結局自分だ)。

で、また「読み込み」ボタンを押す。時間がかかるな、と思いつつ、プリアンプで既存構成に切り替えてCDを聞いたりする。

そうこうしているうちに*.wav形式でのリッピングが済んだので、iTunesで再生してみる。

おお。

さっきよりは全然いい。ちょっとだけHiFi調だ。でもまだ既存構成には負ける。まだまだ。
調子に乗ってきたので、iTunesはやめて、音がいいと言われるコマンドベース(CLI or CUI)の"afplay"で試してみる。

PCオーディオはどこまで既存構成に追いつくのか? 次回に続く。

2010/06/04

ライフハック - 理解のタイプを知る

ラ イフハックシリーズ第13弾。

自分の物事を理解するパターンを把握しよう。
  • 読んで理解する (目で理解する)
  • 聞いて理解する (耳で理解する)
  • 言って理解する (口で理解する)
  • 書いて理解する (手で理解する)
  • 体で理解する  (その他身体で理解する)
「体で理解する」というのは体罰とかアレとかではなく、全身を動かすことによって、というもの。体罰で理解するのは恐怖だけ。

自分は主に読んで&書いて理解するパターンのようだ。
話しているうちに混乱してくるし、聞いたら前後関係が疎かになって忘れる(最近激しい←ただの老化)。
しかし、読むと全体の構造がわかるし(後戻りもできる)、書くと論理の整合性をとろうとし理解が深まる。

とは言え、元々そうだったのかと言うとそうでもない。それが証拠に小学生の頃に日記にチャレンジしたことが2回ほどあったが、三日も続かなかった。当時は書く内容がないんだもの、と感じていた。書くことについての固定観念があったのだろうな、と思う。出来事を書くのは苦手であった。考えていること感じていることを書けばいいのだが、当時は分からない。30年近くかかった。日記を書こうと思っただけすごいとさえ言える。
それにストーリーを話すのは今でも苦手である。というかできない。とうとうと語る人を見ると羨ましいとさえ思う。

頭の中で渦巻く思索のあれこれを整理するには私にとって書くことが一番である。効果としては今流行りのGTDのようなもんだ。頭の中のものを書き出してすっきりさせる。このblogもその一環だ。
# 渦巻く思索って?いろいろあるのよ。

画像はWikimedia Commonsから、リエージュ水族館(ベルギー)のツマグロ(メジロザメ科)
彼らは食べて理解するタイプのような気がする。

コメントに返信

遅ればせながら、A.Mさんのコメントに返信した。
アバロン, Symbol
コメントがつくとメイルが送信される設定にしていたつもりがそうではなかった。
半年間も放ったらかしでした。すいません。

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