2020/03/08

「ウイルスの意味論――生命の定義を超えた存在」山内一也著

ウィルスとはなんぞや、に歴史から科学的見地、トリビアまで網羅した本です。
筆者はウィルス研究五十年、天然痘、牛痘の両方の撲滅に関わってきた世界でも稀な研究者らしい。
1931年生まれ、御年今年で89才ですよ。
雑誌への執筆が2017年だから87才で書き上げたことになります。
どこからこのバイタリティ、知的水準の高さの維持を得ているのでしょう?

ウィルス研究の界隈を網羅するだけでなく、ウィルスにまつわるトリビアにも事欠かきません。
例えば、天然痘ワクチンを子供の腕から腕へ植え継ぐ種痘が義務化されたイギリスでは、違反者には罰金が待っていたのがきっかけでワクチン反対連盟が結成され、反ワクチン運動の始まりとなった、
海中のウィルスに含まれる炭素の総量は2億トン、
なんてね。へぇーって感じでしょ。

ウィルスは生物か?
本書の説明で、思いついたのは植物の種。
種をテーブルの上にぽつんとおいておくと、一年経ってもちょっと表面が乾燥したかな?くらいが関の山でほとんど変化もしないでしょう。
しかし、ある条件、例えば、日光、気温、水分、土壌などが揃うと種は発芽して、環境が良ければそのまま茎や葉を伸ばして成長していきます。
ウィルスも植物の種と同じく、通常は不活性状態にあって活動らしき活動は見当たりません。
ただ、ある一定の条件、相性のいい細胞との接触があると、オートマトン(自動人形)のように活動を始めます。
ウィルスが細胞内に入り込むと、細胞内で一旦ウィルスは分解されますが、これは次のステップへ跳躍するためのしゃがみこみです。
分解されたウィルスが放出したDNAやRNAの設計図に従って、細胞は細胞内の酵素を使ってタンパク質や核酸を大量に合成させられ、そのタンパク質と核酸からウィルスが組み立てられます。
子ウィルスの誕生です。
大量の子ウィルスが細胞を飛び出していきます。
1個のウィルスが5、6時間後には1万個を超す子ウィルスを産出するらしいです。すごいスピード!
本題に戻って、ウィルスは生物か?の問いには、まず生物の定義を明確にする必要があります。
定義はいろいろとあるらしく、「複製と変異が可能なシステムは生きている」 (ソ連の生化学者アレクサンドル・オバーリン)や「増殖、遺伝、変異の性質を持つ実体」(進化生物学者ジョン・メイナード・スミス)だと、ウィルスも生物と定義されるようです。
変異は動植物で言えば成長や老化と置き換えられるでしょうか。
ただ、ウィルスは単独では増殖できません。
ここが生物かどうかで意見が分かれているポイントのようです。

単行本には雑誌の連載に加筆されたコラムが載っていますが、豚コレラの騒動に関し、筆者は次のように述べています。
 多くの国でウィルスが常在しているにもかかわらず、自国内にはウィルスが存在しないことを示して「清浄国」の認定を受け、貿易上の優位性を得るためにワクチンの接種を中断する。現代社会が生み出した養豚社会は、経済優先という、科学的には理解しがたい脆弱な基盤の上に成り立っているのである。(p. 226)
「経済優先」「科学的には理解しがたい脆弱な基盤」という視点は、昨今の新型コロナウィルス発生における今の日本政府の対応に全く呼応しますね。しませんか?

ウィルスって何っていうときには、やや硬いかも知れませんが、この本はおすすめです。

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