2008/10/10

ちょっと変わった子守歌の深謀遠慮

画像はWikimedia Commonsから。

3号(♀0才)を時々抱っこであやして上げることがあるのだが、そのとき口から出てくる歌のうちの一つが、自分でも意外な歌でびっくり。いわゆる子守歌ではない。でも歌っているとしっくりくる。
「熊本節」または「出征出船の唄」とも言う。
入隊しなければならない夫とそれを見送る妻との夫婦別れの唄。題名からは戦争賛美のように思えるが、決してそうではなく、逆に、戦争によって引き裂かれる夫婦の哀しさを表している。
「ちらし」という「セット」で歌われることが多い「軍人節」も同様。軍人節、熊本節は共に普久原朝喜の作。出征出船の唄と呼ばれるいきさつは「アイ加奈思い」さんのサイトが詳しい。ちょっと引用してみる。
この唄の初出時(昭和8年吹込)の経緯について、上原直彦さんの文章を転載させていただきます。
「「軍人節」を創作した普久原氏が検閲を受けたとき、担当係官は「琉球の民謡フゼイに大日本帝国軍人の尊称を節名とするとは何ごとか!」と、内容を知ろうともせず一蹴してしまった。つまり、日本国民でありながら、「ニッポン人の資格」を得られなかった沖縄人には、表現の自由、いや、歌うことの自由さえなかったのである。
 しかし、普久原氏は歌うことをやめなかった。
「軍人」という言葉がタイトルとして認められないのなら、どうせ中身は、相手には判らない。日本帝国軍人係官が好みそうな節名をつけてやろうと考え、問題の「軍人節」を「出征兵士を送る歌」と改題、連作の「熊本節」を合せて「入営出船の港」として申請したところ、「よしよし、オキナワもんもようやくニッポ ン人になったか、御国のために尽力するように」と激励さえ受けて許可されたのである。」[「島うたの周辺 ふるさとばんざい」P85]
蛇足ですが、沖縄から出征した人たちは3年間、熊本の第六師団に配属されたそうです。それで熊本節。
ここでは二つの曲を合わせて「入営出船の港」となっている。
熊本節の歌詞と意味は、たるー(せきひろし)さんのサイトが詳しい。
たるー(せきひろし)さんは気軽には歌えないらしいが、それは人前で歌うことが前提になっていて、かつ、本人が沖縄出身者でないことを意識(遠慮)してるからではないだろうか。
とはいえ、たるー(せきひろし)さんのサイトは沖縄の唄を知りたい者にとって、とてもとても役に立つ。

熊本節以外には「赤田首里殿内(あかたすんどぅんち)」を歌う。これは今の住まいが首里なのでかなり意識して歌っている。首里赤田町では「弥勒迎け(みるくうんけー)」が行われ、毎年旧暦の7月15日の近くの日曜日に行われていて、毎年子ども達と一緒に追いかけている(赤田町に住んでいるわけではないのだが)。

子守歌としての熊本節は、0才のこの子に歌詞なんか分かるはずもなく、大きくなってからだってメロディーさえ覚えていないかもしれない。ただ仮にこの子が成人した後、熊本節がこの子の耳をかすめたとき、そのメロディが奥に眠っている記憶をつついて蘇り、その歌に興味を持ち、探し出して歌詞を知り、そして、この歌の背景を想像することができたなら、歌を自由に歌える時代に生きていることを理解できたなら、親としては本望だ。

だから私はその子を抱いているときに熊本節を子守歌として易々と口ずさむのである。

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