2023/03/31

2号、旅立つ



2号(♀18才)が、進学のため昨日旅立った。ちなみに1号(♂23才)のときに書いたブログ記事はこちら。
1号、旅立つ
3月33日と旅
上の記事でも書いていて、今回も改めて思ったのは、

しかし、あっという間の18年、何も教えられなかったなぁ。

ということで、全く一緒だった。結局、親は、何かを教えるというよりは、育っていく基礎となる生活基盤を用意し、背中でお手本を見せるくらいしかないのだな、と思った。いざ、自分の過去を振り返ってみると、親から何かを教わるというよりは、毎日ご飯を食べさせてもらいながら、状況に応じた行動や言葉を後で真似たりしてたので(真似なかったことも多いが)、確かに自分でもそうだったんだなと納得する。

2号は、自ら積極的に前に出るというよりは、一歩引いて、よく周りを見て、必要なときに出て行き、これと決めたことはやり抜く自律的なところが強いポイントで、あと、彼女が小学生のとき、家に置いてあった佐藤優の文庫本(「国家の罠」か「自壊する帝国」だったか)を「読んだ!」と言われびっくりしたことがあるくらい国語の成績が抜群に良い。加えて、歴史が好きなので、歴史ある土地のここぞと決めた大学のこの学部のこの学科のたった一本だけに絞って、望んだとおりに合格し、来る4月に入学できるのだから、偉いもんだ。 本番も強いね。

君から送られてきた沖縄にはない満開の桜並木の写真はとてもきれいでした。君の溺愛する猫1号(♀16才)の面倒は実家に残る家族がちゃんと面倒をみるから安心して任せて、初めての一人暮らし、持病もあることだし、どうか体と心の健康を保つように十分気をつけて有意義な4年間を過ごしてください。

2023/03/14

県総でキャンプ

県総とは、沖縄市にある沖縄県総合運動公園のことであり、陸上競技場をメインに自転車競技場(トラック)、体育館や広場に加えてオートキャンプ場を備えていて、沖縄本島中南部からのアクセスもよく、施設も整っているので、大人から子供まで楽しめるなかなか予約の取れない人気のキャンプ場です。実際、過去にチャレンジした経験があってあって、今はWEBから予約ができますが、当時はまだ電話予約で、いざ予約をしようと予約解禁日の開始時刻に電話をすれど全くつながらず、つながったと思ったらすでに予約でいっぱいとのことで諦めたことが何度もあります。

今回は、2号(♀18才)が4月から進学で県外へ行くので、寒さも和らいだ季節にキャンプするのもいいだろう、ついでに、今シーズンJ3に落ちたFC琉球の開幕戦もあることだし、物は試しにとちょうど予約が可能な1ヶ月前当日に県総の予約サイトを覗いてみると、1区画だけ空きがあるじゃないですか! 早速予約します。



当日、私は出張帰り。11時には那覇空港に降り立ち、家まで急いで帰ります(ゆいレールなので定時走行だけど、急いでいたのは気持ちの問題ね)。家族も朝から県総へ移動し、先にテントを張ってもらい、奥様だけ私のピックアップのために家まで帰ってもらいます。さて、いよいよ、県総到着。うん、テントもタープもよく張れてる。



FC琉球の試合は子どもたちも一緒に観戦、目にも鮮やかな芝生の上で駆け回るプロ選手たちの躍動感は、スポーツをすることにはあまり興味のない子供二人でも十分に楽しめたようで、これはこれで大正解。一方、奥様はお昼寝で留守番していただきましたが、試合の間に風が強くなったようで、タープが倒れそうになったところを一人でポールを支えておりました。これはとんだ災難でした。



夜はBBQ。ウェーバーのグリルで玉ねぎのホイル焼きとポテトとステーキを焼くのが定番です。味付けは塩のみ。パンを添えます。朝食も同じグリルでソーセージを焼いて、温めた食パンに挟んで、サンドイッチとホットドッグをミックスしたようなものでお腹を満たします。



県総でのキャンプはどうだったかというと、テント間が離れているので、お隣もあまり気にならないです。強いて言えば、翌日の朝、ウォーキングで市民の人たちが結構な頻度で歩いていることくらいでしょうか。朝方には、ちょうど上ってきた朝日を背景に海辺でピラティスかヨガを行っている方々が印象的でした。

2号は夕方には卒業パーティ。本人もクラスメートもおめかしして、それなりに楽しんできたようです。



2023/02/02

ウィルスによる攻撃2:新型コロナ(Covid-19)罹患からホテル療養

 1/22(日) 新型コロナワクチン接種(4回目)

帯状疱疹も明けたし、那覇市の集団接種が1月末で終了するらしいので、慌てて予約を入れてワクチンを打ってもらう。接種日は1/22(日)、ワクチンはオミクロン株対応のファイザー製、翌日に受験を控える3号(♀14才)を除き、2号(♀18才)と奥様の3人で接種する。翌日は副反応出るんだろうな。

1/23(月) 副反応

なんとなくだるい。これは副反応だろうと仕事に行くが帰ってから体温を測ると37.5℃。結果から言えば、副反応ではなく、新型コロナ(Covid-19)の症状であった。

1/24(火) 検査と新型コロナ罹患確定

朝、起き抜けに体温を測ると38.5℃。お仕事休み確定。お昼前には39.6℃を記録。14時に予約していた病院に検査で訪れる。ドライブスルー形式の抗原検査のみ。ただし、インフルエンザと同時検査ができる。抗原検査は偽陰性出やすいので、新型コロナ、インフルともに陰性だった場合は別の病院でPCR検査を受け直すつもりでいたら、新型コロナ陽性、インフル陰性とでて、新型コロナに罹患が確定。関係各位に改めて連絡。

この週は大事な会議とその後の懇親会、引退した取引先の人がわざわざ沖縄まで来ての懇親会、これから取引が拡大するかもしれない企業との懇親会が組まれていて、でも、どうしようもないのですべてキャンセル。 前日に小一時間ほど車で一緒だった同僚にも連絡。

沖縄県の陽性者登録センターに申請、県による登録は午後の申請は翌日になる模様。奥様からホテル療養はどう?と提案を受け、私がまごまごしているうちに、奥様は登録センターに連絡、特別に計らってもらって、翌日11時に宿泊療養施設(ホテル)に入所できる運びとなった。しかし、3号の受験に影響しなくてよかった。

11/25(水) 宿泊療養施設(ホテル)へ入所

宿泊の準備はほとんど奥様がやってくれた。奥様に車で送ってもらう。施設の駐車場に着くと指定された電話番号へ到着したことを伝える。看護師が迎えに来るから待てとのこと。なにやらスパイ映画の様相を呈してきた。ちょっと待たされて看護師が全身防護服で迎えに来る。誘われるままに施設に入っていく。エレベーターに乗り込むとそのまま奥を向いておくようにとの指示。エレベータのボタンの注意書きを見ると4フロアか5フロアが療養者用として指定されていた。食事や簡単な諸注意事項を受けつつ、エレベーターの周囲を見回すとエレベータは鉄の扉がつけられ、療養者が勝手に利用できないようになっている。一般のホテルとの違いはここじゃないか。





無事入室。部屋はダブルベッド。しばらくの間の我が住処。

ベッドで資料などを読んでると館内アナウンス、これから事務局職員が各フロアに食事を届けるので次のアナウンスがあるまで部屋から出ないようにと。15分ほどすると、次のアナウンスが流れる。要約すると「食事(お弁当)の準備ができた、30分以内に取りに来てね、オートロックなので鍵を持って部屋を出てね、部屋番号がついているのはアレルギー対応なので間違えないでね、一人一個だけよ」二つ持っていく人がいたんだ(実際、三日目くらいに一個足りなかったとアナウンスがあった)。ペットボトルの水、お茶、スポーツドリンクは十分にあって不自由はしない。



ランチのお弁当はカレーで完食したものの、晩ごはんのお弁当は半分残す。また、これから毎日電話連絡で健康チェックがあり、体温、酸素飽和濃度、心拍数と気になる症状を伝えることになる。

夕方には自分史上最高39.6℃を記録。酸素飽和濃度(SpO2)96%、脈拍86bpm。体温高いのに寒気でブルブル震えたりして、この日が症状悪化のピークであった。

仕事で大障害が起こったらしいことを知るが、何もできない。 というかしたくない。

1/26(木) 臨床研究参加

この日の体温他の指標は午前37.6℃、97%、62bpm、夕方には36.5℃、96%、62bpm。寝ている間も1時間おきに目が覚めてしまって体の向きを変えるなどをする。

朝ごはんのお弁当は完食。以降すべてのお弁当は完食した。

9時ごろの電話による健康チェックのあと、別の電話がかかってきて、なにかと思ったら琉大病院から臨床研究に協力してもらえないかととのこと。すでにある別の症状に対する治療薬で副作用もほとんどなく、また、二重盲検をおこなうので半数はプラセボとなるので、どっちにしろ健康への悪影響はあまり考えなくて良さそうなので、社会貢献することに決めて「はい」と返事をすると、後ほど部屋にお伺いしますと。

お?え?と思っているうちに改めて電話をもらい、これから伺うと。ノックを待ってドアを開けると、完全防護服の女性二人。ドアのところで、説明を受けて、書類と薬を受け取り、体温計とBluetooth接続のパルスオキシメーターは通常のものに交換後にいただけるとのこと。サインした同意書を画像で送付して、いよいよ臨床研究に参加する。毎日定時に専用アプリで報告する。14日間なので2/8までかな。

仕事の大障害は後片付けが長引きそうである。見ないふりをする。

1/27(金) 小康状態

この日は微熱傾向、36.3〜37.0℃、97〜98%、52〜61bpm。朝起きかけに痰が初めて出た。白く粘り気の少ない痰。この日は数回痰を出す。

この日の朝までに家族に感染がないことを奥様が確認する。一安心。

NHK-BSとネットで時間を潰す(潰せるもんだ)。 下着等を手洗い洗濯する。出所するまでは衣服はなんとか持ちそう。あと、持ち込んだ本を1冊読み終える(500頁の残り半分)。そのくらいまでは元気になった。家族からは猫の写真が送られたりして癒しを与えてくれる。ありがたい。


ちなみにホテルの枕がとても具合がよいことがわかったので、そのうち手に入れるつもり。そこそこの値段はするが。

仕事の大障害は、どうだったかな。

1/28(土) 復活かな

この日から平熱、36.5℃、98%、62〜65bpm。この日も白い痰が数回出る。

NHK-BSとネットで時間を潰す(潰せるもんだ)。

臨床研究の薬がきいているかどうかは全く不明。

発症から7日経過かつ症状軽快後24時間経過が療養期間終了の目安。1/23に発症なので(検査した医師により確定している)、1/30で7日経過、昨日または今日で症状軽快とされれば、出所は1/30(月)で確定するはずだ。

1/29(日) 出所日決定

平熱継続、36.0〜36.2℃、98〜99%、55〜60bpm。心拍数も睡眠時と変わらない安静状態。白い痰は継続。

果たして、電話による健康チェックの際、退所日は自家用車でお迎えがあるなら7日経過後の明日1/30(月)、公共交通機関を使うなら1/31(火)となるとのことで、奥様にお迎えお願いし、1/30(月)に決定。

家には帰りたいが、仕事には行きたくないお気持ちでございます。

1/30(月) とうとう出所

朝9時半に仕事の都合をつけてもらった奥様に車で迎えに来てもらう。駐車場に着いたという連絡が来たので事務局に連絡、10分後に完全防護服の看護師に迎えに来てもらう。入所のときの逆の道順を進む。エレベーターの頑丈な扉は開けてもらっており、やはり、エレベーターの奥を向いて立つ。看護師は1Fまで来て駐車場に家族がいるのを確認したのち、ここでお役御免。

荷物は服関係、飲食関係(飲み物は結局蓋を開けることはなかった)、デジタルガジェット系を3つのカバンに分散してあった。重い荷物を車のラゲッジルームに乗せて、ホテル療養終了。

ホテル療養は、家からの移動に難がなければ、部屋も暖かく食事付きで健康チェック付き、安全、安心がセットで提供され、しかも無償、家庭内感染防止に明け暮れるはずだった家族の負担も軽減され、孤独がそこまで苦にならない私にはとても良かった。

最後に体調のバロメータとして役に立つGarminn ConnectのBody Batteryの過去4週間グラフを掲載しておこう。帯状疱疹と新型コロナの二、三日は超低空飛行であったことがわかる。心拍数が高いとBody Batteryは低下し、睡眠等でで安静にしないと回復しない。超低空飛行時は、心拍数が高く、つまり、心臓が全身に血液を高い頻度で送り続けており(だから休めない)、体がウイルスと戦っていたという証拠でもあるのです。




2023/01/30

ウィルスによる攻撃1:帯状疱疹罹患

1. 帯状疱疹



1/8(日)にロングライド中、左背中に筋違いのような軽い痛みを感じる(歳かな…)。ライド終了後に着替えの際に左脇腹に赤くはれたような5cm大の発疹を見つける(虫にされたか)。2日経っても消えないので、何かなと考えあぐねていると「帯状疱疹じゃない?」と奥様に指摘されて、ああ、そうかも、と合点が行きます(やっぱり歳かな…)。翌日に皮膚科に向かい、私の話を聞きながら、体をチェックする医師は診療開始1分で「帯状疱疹ですね」との診断を下します。体の片側に発疹が偏っているのがポイントだという。「お薬で進行を抑えられますからね」と帯状疱疹の進み具合を説明されて、薬(バラシクロビル)をもらって治療開始。1週間後の1/18(水)で治療完了です(軽症で楽勝)。

帯状疱疹は神経の炎症なので、かなり痛いと聞いていたのだが、私の場合はだいぶ軽症で、左背中は「筋を違えたかも」左脇腹は「傷口があるかも」という程度で、仕事も普通にこなせるほどなので、ラッキーだったかもしれない。ちなみ50代から接種推奨の帯状疱疹ワクチンについて先の医師に聞いてみると「あなたは今回罹患したので、5年から10年は不要です」ということでした。 

密かに体内で潜伏してた子供の頃にかかった水ぼうそうのウイルスが、体の免疫力が低下したすきを突いて、ここぞとばかりに表舞台に飛び出した形だが、奥様の指摘が的確で、治療を早めに始められたのが、罹患中もほぼ無痛で治癒し後遺症もないという大勝利の主な要因でしょう。

しかし、治癒して有頂天になっているところに、別のウイルスが待ち構えているのでした。

画像は、1/8のライド中に見かけたフォトウェディング。新婦がすごく嬉しそうだったのが印象的でした。お幸せに。


2023/01/07

1号帰還その4とその他もろもろ

1号(♂22才)が、1年ぶりに帰省し、久しぶりの5人揃ったお正月となりました。

昨年5月の中旬に、いきなり、引っ越し&転職したとの連絡が来て、びっくり。6月からプログラム系の新しい職場らしく、年末に本人に確認したところ、転職先は知人or友人のつてがあり、千葉県の部屋も自分でみつけたそうな。完全に独り立ちしていて、関心&安心しました。

 

 


2号(♀18才)は、首尾よく京都方面の志望校に合格し、4月からは一人暮らしの大学生となります。勉学に励めるよう精一杯の支援をしようと思います。

3号(♀14才)は、これから高校受験。好きなことと、できることは違いますが、彼女の場合は一致しているように思うので、まずは本人の才能が活かせる志望校に合格してもらいたいところです。

私の素敵な奥様は持病の再治療が必要となりそうで、体力的な不安が残りますが、なんとかなるか。

猫2匹は相変わらず仲悪く、にぎやかです。

ということで、家族とはいいもんだ、と改めて思った年末年始でした。

みなさまにとって良い年になりますように。

2022/12/07

パンツとシャワーと2号の進学と

シャワーを浴びて上着を取りに行くまでの間、下着姿のまま家の中をうろつくことがあるのですが、決まって家族(女性x3)のうち最初の目撃者から

「パーンツー!」

と非難の声が上がります。
パンツをはいて歩くとダメということは、脱げばいいんでしょうか。
パンツをはくことが罪になるとは思いもよらなかったので、非難の声を聞くたびに、うろたえる毎日です。
ちなみに、同居している猫2匹から非難の声は聞きません。彼女たちも毛をまとっているとはいえ、裸ですからね。

さて、シャワーと言えば、ワクチンなどの注射のあと「入浴は控えること」(「お風呂を控える」パターンもある)と注意を受けることがありますが、入浴やお風呂とは湯船(バスタブ)につかることを指し、シャワーは入浴には含まれないとのことです。
亜熱帯に住む沖縄人にとって、「風呂」とはすなわち「シャワーで体を洗う」ことですから、「風呂に入るな」は「シャワーを浴びるな」へと直ちに変換されてしまい、せっかくの注射で健康体を維持しようとしているのに、衛生的に悪化する方向へと誤解が生まれるのです。
(知らない頃は濡らしたタオルで体を拭いていました)

ところで、2号(♀18才)が首尾よく進学を希望した大学に受かりました。
まずはよかったですあるよ。
つまり、4月からは
「パーンツー!」
と叫ぶのも1名減って2名になります。
とにかく、一人暮らし、がんばるあるよ。
# 最近の大学入試は多様化しているようで、2号の志望校の場合、高校の学校推薦があれば11月に受験できるようです。倍率は10倍でした。
# バストイレが個室内にあるマンションのような食事付きの民間の学生寮に住むことも決まり、準備は着々と進みます。
# ま、資金捻出に頭を痛めているわけですが。
# 財布も寂しくなりますが、家の中も寂しくなりますねぇ。じっと猫を見る。

2022/11/28

ツール・ド・おきなわのチャレンジサイクリング90KMに出てみた。

前日 前日に名護まで高速を飛ばして受付を済ませ、家で家族と晩ごはんを食べてから、前泊するために、自転車を始め荷物を車に積み込んで再び名護まで夫婦二人で高速を飛ばして着いたのが21時。早めに就寝、ウトウトしながら思い出したのが、

あ、ビンディング・シューズ忘れた…

今、23時05分。家まで取りに帰って往復2時間、戻ってくるのは1時かぁ、でも、明日のコースは坂道多いし、フラットシューズでの出走はできんなぁ、と取りに帰るのを決意。すでにぐっすり就寝中の奥様にはLINEでメッセージを残して取りに帰ることにします。結局0時半ごろには戻ってこられました。結局、就寝は1時過ぎ。明日は6時半集合なので遅くても5時半には起きたいところです。


当日朝 遠足の日の小学生か?というほど正確に5時半に目が覚めます。窓から外の様子を確認すると雨が断続的に降り続いたようです。雨の日は走らないことを普段から心がけているので、やっぱ止めようかな、と何度も逡巡しているうちに、スタート地点までは行ってみようか、と行ってみると、参加者が続々と集合しています。それならってんで出場してみることにしました。一人なら絶対走らない天候にも関わらず走ることにしたのは、きっとお祭り効果に乗せられたのでしょう。

エントリーはゼッケン番号から161名と推測されますが、実際の出場者数はもうちょっと少なく100名超えるくらいだったでしょうか(最終的には事務局から実施レポートが公開されるのでそこで確認できます)。

スタート 出発地点のアーチの先にある信号に合わせて出発します。応援に回る奥様に手を振って国道58号線に出ると 一列縦隊で20km/hで進みます。世冨慶(よふけ)の交差点を左に曲がって、いよいよ最初の上りです。

世冨慶の上り〜第1休憩所 最初の世冨慶の上りは、他の人のペースがわからないので飛ばさないよう合わせていたところ、自分のペースはまだいけそうだったので中間地点から自分のペースで上ってゆきます。あまり抜かれることはなく、試走した時よりは2分遅れで3kmの坂をクリアします。この時点ですでに一人。

二見の下りもほぼ一人で下ります。というかこのサイクリング、最後まで一人旅でした。
次に辺野古~久志~宜野座村屋嘉~松田~漢那~金武~第1休憩所の金武町総合保健福祉センターまで軽い上りと下りの繰り返しが続きます。
平坦はほどんどないです。ここまで30km。快調快調。バナナ1本分と黒糖、スポーツドリンクをいただきます。ありがたい。

一番きつい坂〜第2休憩所 第1休憩所を出ると、しばらくは緩い下り基調、と思わせておいて、沖縄本島を東から西に抜ける平均斜度7.8%、1.4kmの上り。脚的にはここがいちばんきつかった。頂上手前で女性の方に抜かれます。おお、軽いは正義か、いやいや技術の差かもしれません。
第2休憩所の赤間総合運動公園は40km地点。5分ほど休憩して、なんとなく先を急ぎます。

最大のピンチ〜第3休憩所(昼食会場) 第2休憩所を出発して、次の上りで足を攣ります。えー、早すぎます…。一旦バイクを止めて歩道に退避して、小林製薬のコムレケア4錠を流し込みます。1分ほど休憩すると走れそうになったので、バイクに跨ってみるとなんとか行けそうです。同じ坂の頂上付近で若い男性がバイクを降り足を伸ばしているので、足が攣ったかどうかを確認して、コムレケアをおすそ分けすします。

とうとう雨が降り出してきました。加えて、なぜか、両手の二の腕の外側が痛くなり、サドルの座り心地も悪くなり、脚も回らない。体幹が機能していなくて、サドルに腰掛けているようです。
ほとんどアップダウンもない区間なのになぜかしんどい。とりあえずしんどい。
胃の中がタポタポしているので消化が全く進んでいないようです。雨は降り続き、おまけに雲の中で時々ゴロゴロと雷もなっているようです。
休憩所で確認したLINEによると、奥様は「ぎのざ道の駅」で参加者を応援しているらしいので、そこまではなんとかがんばるつもりで、「あと10km、あと5km、あと1km、あれ、まだつかない、距離間違えた、うっそー、とにかく道の駅までがんばろう」としのぎにしのいで、ぎのざ道の駅のバス停で雨宿りしていた奥様に合流します。昼食休憩したらリタイアするつもりと伝え、昼食会場であるタピックタラソセンターへ向かいます。

道の駅から1kmほどですか。ここで66km地点です。2/3経過です。

昼食会場でお弁当をもらい、グターとしながら30分ほど休憩。
もうここを出たらリタイアするつもりなのにMag-onを補充。
お弁当は半分も食べずに会場を後にし、pegをバイクラックから下ろすときに、タンデム(二人乗り自転車ね)で参加している方々を見かけます。すげー。ペダリングで同期を取らないと力のロスにつながるはずだから、掛け声かけてんのかな。さて、お昼も終えたので、とうとうリタイアかな。

復活〜自主休憩 pegにまたがるとなぜか、体力が復活している気がします。腕もお尻も痛くない。もしかして、これは行けそう? 少なくとも次の休憩所までは行けるんでは、と内面の力がみなぎります(基本的に体は疲れてます)。「次の休憩所まで行く」とLINEで奥様に連絡します。奥様はゴールで待つとのこと。
実際、走ってみると、速くはないですが、気持ちは乗っています。
名護マルチメディア館/GODAC手前の坂で片足の女性とサポーター(?)の方に抜かれ、片足のペダリングだよ、すげー、とここでも驚きながら、しばらく後をついて行きます。

名護マルチメディア館/GODACのコンビニ近くで自主的に4回目の休憩を取ります。自販機のコーラを飲んでると、一人の女性が近づいてきて、自販機を確認しています。UCCの自販機を探しているようで、後で、コンポ de リングさん(自転車系YouTuber)オススメの「霧の紅茶ミルクティー味」を探しているのではと気づきました。

コーラを飲み干して「行けるんじゃない?」と自分に軽く気合を入れます。

事故現場〜第4休憩所 松田の下り坂で渋滞が発生しています。どうも交通事故のようです。通過するときに確認すると、赤いロードバイクが路肩の先に転がり、宅配会社のトラックも横道に突っ込んでいます。後のニュースで確認すると、右折しようとしたトラックと、このサイクリングに参加したバイクとの間で事故があり、参加者が救急車で運ばれたようです。事故になったのは残念ですが、命に別条はないとのこと。でも後遺症が残らないといいんですけが。

最後の休憩所である大浦わんさかパークにとうとう到着。コムレケアを4錠追加して脚攣りに備えます。体は疲れてる感じはあるけれど、気分は良好です。シークヮーサージュースを頂いて、5分の休憩で出発。片足の女性組をここで抜くことになりました。






最後の坂の足攣り〜ゴール 最後の坂、最初のトンネルを抜けて、羽地ダムへ向かうには右折しますが、サイクリングコースは真っすぐ進み、さらに2つのトンネルを抜ければ、もうゴールにたどり着いたも同じです。チャンピオンレースや市民210km/140km/100kmのレースコースが土砂崩れの影響で変更となり、最後の大浦から名護市街地入り口にあるオリオンビール工場までのルートがサイクリングと同じになっています。

この坂は足が攣った以外は特に苦しくもなく(強がり)、同じ攣りで停止していた1名のローディさんと攣っては抜かれ、抜いては攣りを繰り返して、先にこちらが坂を抜けたのですが、オリオン坂の下りはとても慎重に下ったためか、市街地の信号で追いつかれ、道幅もそんなにないので、車の後ろについてゆっくり進んで、その後はこちらが先に行くよう気を使ってくれ、ゆっくりとゴールにたどり着きました。

奥様にゴール付近で写真を撮られていました。


いやー、ホント、途中でリタイアしなくてよかった。ホントヨカッタ。

結果 結果は次のとおり(自分のサイコン読み)。

  • 走行距離 95.63km
  • 獲得標高 1,317m
  • 走行時間(ネット) 4:51:29
  • 走行時間(グロス) 6:01:34

走行距離に占める獲得標高の割合が1.37%で、私の基準である1%より3割増しで多めの印象でした。 

大きな坂が3つというだけでなく、こまかいアップダウンが断続的に現れる、チャレンジグなコースでした。ビンディングシューズじゃないと厳しいのではと思います。

個人的にはStravaのセグメントで言う「県道88号線 Climb」(1.42km、112m Up、斜度7.8%)が一番きつい坂で、第2休憩所から第3休憩所までの区間は割と平坦にもかかわらず、補給の失敗のためか一番しんどい区間でした。

また、次回も出てレベルアップできたかどうかを確認してみたいですね。できれば山原路を行くセンチュリーの173km、獲得標高2840mに出てみたいですが、このサイクリングで、まだまだ実力が足りないのはよくわかりました。次のツール・ド・おきなわまでの1年間、鍛えるぞー。

最後に大会側が想定した先頭と最後尾の通過時刻を載せておきますね。


zenback