2015/08/30

ヤモリ

ヤモリを下から撮ってみた。
ガラス面でも落ちない秘密、指のヒダヒダがわかるかな(画像をクリックで拡大)。
5本の指のうち1本は機能していなさそう。
頭と尻尾の形は綺麗である。

沖縄語でヤモリはヤールーと言う。
虫を食べるので家の中にいるのは益とされている。
その代わり白黒のうんちを役立った証拠として置いていくので、当然のごとく嫌う人もいる。
反射神経が鈍いので、よくアルミサッシに挟まって干からびた姿が目撃されるし、ケッケッケッケッケと鳴くので気味悪がる人もいる。

↓ヤモリに関する過去記事を書いていた。
過去記事一覧


2015/08/16

Thinkpad X100e 熱暴走か? (中古同型機を入手して復活)

 過去の Thinkpad X100e 関連の記事はこちら

1号(♂15才)にドナドナされた Thinkpad X100e だが、起動できなくなった、と泣きつかれてしまった(泣いたわけではないけど)。

いろいろ試してみると、マシンの電源をOFFにしてしばらく放置した冷えた状態であれば、10分は立ち上がることを確認した。
BIOSも最新のものにバージョンアップしたり(レノボのサポートページ)、中を開腹して埃を取り払ったりしても(レノボのサポートページその2)、状況は変わらない。
また、起動できなくなるポイントが、電源ON直後だったり、Windowsログイン画面直前だったり、Windowsへのログイン途中だったりと、まちまちなのでハードディスクとディスプレイの疑いはさっさと捨てて、メモリかマザーボードかと検討をつけた。
非力のマシンなのにゲームでフル稼働させたせいか、電源ONの後しばらくするとかなり熱くなるので、熱暴走か…、デバイスが動作不良でマザーボードがやられたとすると厄介だな、私の素敵な奥様の Thinkpad Edge E135 をお下がりにして、奥様用に新規購入かと、逡巡していた。
新たなマシンを手に入れるべく、ネット界隈をうろつく一方で、新規購入前に X100e から抜き出したハードディスクのコピーを取れるようにPC屋さんにお立ち台のようなツールを求めに行ってみる。
すると店内には中古で、全く同じ白い X100eが鎮座しているのではないか。
これは何かの巡りあわせ!
バッテリ、メモリ、ハードディスク、ファン、ディスプレイ、その他いろいろと部品取りが出来る、正確にいうと、中古マシンの方が状態が良さそうなので、現行マシンを部品取りにするともう少し長く利用できるなぁ、と即購入に踏み切った。
手放してくれた方、ありがとう!
使用責任者である1号に加え、2号(♀10才)も「ネジ回し隊」として手伝ってくれて、現行マシンのハードディスクを中古マシンに移植するだけで、あっさり立ち上がった。
ついでにメモリも空きスロットに移植して2GBから4GBへ増量した。

X100e は確かに非力であるが、ゲームをせずに、また、シングルタスクに徹すれば、まずは十分。
これで後3年は使えると踏んでいる。

2015/08/09

フライト気圧ログ (羽田→那覇)

8/7(金)に、東京への日帰り出張の帰りに、フライト中の気圧のログを取ってみた。
頭では理解していて、当たり前と思っていることをiPhoneの気圧センサーを利用した気圧ログアプリを使って実際に確かめてみたというもの。
測定してみて分かったことは次のとおり。
  • 出発および到着の時、機体のドアが閉まると 3hPa ほど気圧が変わる(出発時は上がる、到着時は下がる)
  • 離陸後、800hPaを下回ると、800hPaで気圧が一定となるように調整される (今回は797hPaで一定だった)。
  • この気圧調整を「与圧」というのは、Twitterで教えてもらった。感謝。
  • 離陸時より着陸時が低空飛行の時間が長い
  • 海抜はほぼ同じ羽田空港と那覇空港であるが(7〜8m)、気圧は羽田より、那覇のほうが低かった。台風13号の影響を受けている
  • 建物の内外(那覇空港を出て那覇空港駅までの間)で気圧差がありそうだ
  • 地上でも那覇空港駅と首里駅では、高低差が110mほどあって、それによる気圧差も大きい
  • 測定中のiPhone6の消費電力は思っていた異常に少なかった。1時間以上は画面が開いている状態だったが、バッテリの減少は2%くらい。フライト中は、iPhoneを「電波を発信しない」機内モードにしていたが、そのためか?
具体的な測定方法は次のとおり。
  • 気圧測定アプリを起動する。今回は Barograph を使った。画像そのものを保存することはできたが、CSV形式でデータを吐き出せればもっと役に立つのだが。
  • iPhoneは自動ロックを「しない」にして、アプリを起動中のままにする
  • ロックされると、一旦測定は中断して、ロック解除時から測定を再開するので、途中のデータが抜けてしまう。2枚目のグラフで黒丸「●」は測定ポイントを示しているが、間が開いている部分はiPhoneをロックしていたか、アプリを切り替えてメモを取っていたためである。
  • ちなみにBarographから一旦離れると、Barographに表示されている高度はリセットされ、相対高度が表示される。今回の目的には合っていなかった。
ログ中の時系列のメモは次のとおり。
  • 19:57 (1013hPa) 測定開始
  • 20:08 (1017hPa) ドアが閉まり、機体が動く
  • 20:24 離陸、上昇開始
  • 20:41 気圧が底。その場面は測定できず、時刻は逆算したもの
  • 20:44 (797hPa) 気圧一定。与圧中と思われる
  • 20:58 出発から1時間後、機長のアナウンスで対地11,600mの上空で飛行中を知る
  • 22:02 下降開始
  • 22:13 シートベルト着用サイン点灯
  • 22:20 揺れる。台風13号の影響と思われる
  • 22:28 (1007hPa) 着陸
  • 22:34 (1004hPa) ドアが開く  ← 2枚目の画像はここまで
  • 22:44 ゆいレールに乗り込む
  • 22:48 ゆいレール、那覇空港駅を出発
  • 23:15 (993hPa) 首里駅に着く
  • 23:18 測定終了 
3枚目の画像は、測定終了の首里駅までのグラフにコメントを入れたもの。

実際に確かめてみるというのは、グラフの変化が面白いし、現象に対する知識に加てえ、実地での経験が知識の隙間を埋めて血肉になるようで理解が深まり強固になる。

しかし、フライト中は、頻繁に、というかせわしなくPhoneを見たり、引っ込めたりしていたわけで、機内で横に座った人が訝しげに見るわけでもなく適当に無視してくれたのはありがたかった。


2015/08/02

夏休みの朝はラジオ体操で始まる 2015

沖縄県と全国の年齢別人口分布(2005年) 沖縄県の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 沖縄県
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性

画像は、男女別の沖縄県と全国の年齢別人口分布(2005年)である(Wikipedia)。
60才くらいで人口が激減しているが、これは第2次世界大戦の影響である。


今日は7月の終わり、もう夏休みが始まって大分経つが、今年もラジオ体操に2号(♀10才)と共に参加中。
今年は5年生と6年生の参加者が極端に少ない。4年生が最大勢力で今日は25人に対し、5年生7人、6年生も7人だった。ちなみに1年生から3年生は各20人くらいであった。
画像を見ると学年別の並んでいるのでその様子がわかりやすい。左端から6年生、5年生と続き、4年生は2列である。
冒頭のグラフと相まって考えると、
ラジオ体操への参加者が年齢にかかわらず一様に分布していると仮定すると、参加者の極端に少ない5年生、6年生は、出生の頃に人口が激減する事態、戦争のようなものがあったことが推測できる。この論を進めると、中学生から20代は、より大きな地球規模の異変があり、絶滅したと思われる。
ということを妄想した。
仮定が間違ってます。
暑いですね。

3号(♀7才)は1度だけ参加して惰眠をむさぼる方を選択、1号(♂15才)は年齢から言わずもがなであるし、今は県外にいて、あと10日は滞在している。




2015/07/27

続11) Arduino始めてみた - ホイールの重量測定とモーター購入

最初に購入したモーター(ギア比が1:15)では、低速で動かない、イキナリ回り出すなど、トルクが細いのかメカナムホイールを制御できていないので、同じダイセンのモーターでギア比が1:30のものを購入した。

購入前にオムニホイールとメカナムホイールの重量を比較するべきだが、オムニホイールの重量はネットにはなく、ダイセンの直接問い合わせるタイミングも気力もなかったが、そのうち共同購入のお声がかかり、モーターなんで使い道は沢山あるだろうし、無駄にはならないと考え、思い切って買ってしまった。

で、後日、未使用品を手に取れるチャンスが有ったので、ココぞとばかり実測してみた。
他の皆さんがよく使ってるダイセンのオムニホイールの実測重量は 34g。
対してメカナムホイールは、取り付け用ハブ込みで、実測88g、実に2.6倍。
モーターのギア比は2倍になったのでトルクも2倍、これでいけるだろうか。
引き換えにスピードを失うことになるけれど、それはそれでよし。

さて、実測するためにマシンを分解したが、どのみち今のマシンは仮組みのつもりだったし、ということで、再度マシンを一から組み直すこととなった。 

2015/07/05

初代iMacを猫ハウス化

父親の死去に伴って実家の片付けを行っていると、その中に初代iMac(ボンダイブルー)があった。

16年前だよ。
1号(♂15才)がまだ奥様のお腹にいる頃、購入したことを覚えている。
切迫流産で仕事も休まざる奥様の外界との入口だった。
数年後に実家のPCとして第2の人生を行ってもらうことにしたが、そのうち動作しなくり、文字通り埃を被る状態にあった。

さすがに捨てるには忍びないが、置物にするには家が狭いので、どうしたものかと態度保留にしていたところ、私の素敵な奥様の提案で「猫ハウス」にすることにした。
猫ハウスへ人工輪廻をするにあたり、ぐぐってみると、何事にも先駆者はいるもので、私は、以下のサイトを参考にした。
ねこまたり - 0452 初代iMacねこちぐら化作戦!その2
大変参考になりました。
でも、ねこまたりさんの猫2匹は、興味を持ってもらえなかったらしく、うちの猫が気に入ってくれるかどうか、一抹の不安を感じる。

因縁浅からぬ1号に声をかけて、iMacの分解は主に彼にやってもらう。
ブラウン管なので、電圧がかかってないこと、割らないことに気をつけてもらう。
用意した道具は以下のとおり。
  • ドライバ(+) : ネジ外し
  • ドライバ(−) : 筐体の爪結合の外し
  • ラジオペンチ : 外したネジをつかんで取る
  • ニッパー : ファンのコード切断
  • バスタオル : 作業台。画面保護と本体の回転をしやすくするため
やったことは主に
  • ネジを外す
  • ガワの爪が結合している部分を外す
の2点。

まずは、ブラウン管前面を下にして、本体下部のカバーを外す(2枚目の画像)。
底面と、右側面の外部入出力インターフェース部分にあるネジを外す
爪を外すには、爪と爪の中間地点にマイナスドライバを差し込んで、隙間を大きくするようにすると、爪が外れる、と1号がコツを教えてくれた、

しかし、初代iMacの背面の丸みは今見てもかっこいい。


3枚目は下カバーが外れたところ。
ケーブルを抜いて、ネジを外すと、このHDDとマザーボード部分が外れる。

排気ファンのコードははんだづけされていて、簡単に分解はできないのだけど、もう元に戻すこともないので、躊躇なく切断した。
4枚目、マザーボードが外れたところ。
メモリとCPUを覆っていた金属のカバー兼放熱板(画像中央下部)が錆で腐食していた。
5枚目、前面カバーを外す。
これでブラウン管を取り出せる。
スピーカはコネクタがあったので、取り外して再利用できるようにした。
6枚目、ブラウン管を外して、分解部品と道具の一覧。

7枚目、外したネジたち。
8枚目、分解したガワを元に戻す。
1号は、今回のような仕事なら、サポートなしで任せられるな。
9枚目、完成!
ガワだけだと、とても軽い。
DVDの挿入口は、固定できないので、ここでは取り外したままとした。
8枚目、いよいよ、猫様のチェック。
このときは「またたび」を導入剤として利用した。
9枚目。iMac猫ハウスの置き場所を確保したあと。
気に入ってもらったようで、彼女はこのあと6時間、一歩も猫ハウスから出ずに、姿勢を変えながら寝て過ごした。
そういえば、彼女の固定の居場所はなかったな、と反省する。
今は暑いのか、1日1回程度の利用で収まっている模様。

2015/07/02

成年後見人(05) - 鑑定、趣旨変更、保佐人

さて、父親のことばかりしていたわけではなく、母親の方も着々と進んでいた。

鑑定
母親の成年後見人の申立を3月に行い、次は家庭裁判所が本人(この場合は母親)の状態を確認するため、認知症の診断を行った医師に対し、より詳しく調べてもらうための「鑑定」を依頼することになる。
ウチの場合、主治医が3月いっぱいで母親が通っていた病院からどこかに転職してしまったため、家裁からの鑑定依頼を受ける医師が当該病院にはいなくなり、改めて探すこととなった。
病院探しは、家裁が近隣の病院の候補をあげた中から、こちらが指定して、交渉および依頼文の提出は家裁が行い、受診の予約はこちらが行うという役割分担だった。
この鑑定、医師側としてはあまり嬉しくないらしく、労力に対し見返りが少ないのが理由らしい。その鑑定料は、家裁経由で病院側に渡る仕組みだが、相場は、他府県だと7万円〜10万円はするようだが、沖縄の場合は5万円。経済事情が考慮さてているのか。

5月2日、私の素敵な奥様に連れられて、新しい病院、新しい医師のもとで鑑定を受けた母親、何故かその日は調子が良くて、長谷川スケールで10点台後半で、最初の診断の13点から大幅アップ。それでも認知症ではあるらしいが、成年後見人は保佐が相当でしょうね、というのが医師の意見だったとのこと。

保佐人へ趣旨変更
5月中旬、家裁から連絡があり、鑑定の結果を考慮すると、今回は「保佐」が相当する、それでよければ「趣旨変更」を提出するように、とのこと。
さらに、もし希望があれば、後見人相当の代理権行使の申請を同時にすることが可能で、同時申請のメリットはインタビューの回数が一回で済む、と打診を受けるが、数日間逡巡したのち、当面代理権行使は行わないことにした。
本人に成り代わるのではなく、母親本人に同意を得る行為が大切ではないかと思ったからだ。
つまり、保佐人は、後見人とは違い、本人になり代って財産の処分等を行うことはできない(もっとも、後見人でも本人の不利益になる行為はできない)。
本人の行為は保佐人の同意を得る必要があり、例えば、本人が勝手に契約してしまった契約を、保佐人の同意がないとして取り消すことができる。
後見人が本人の「代打」だとすると、保佐人は「本人と二人三脚を組むペア」である。
これが、今の母親には大事だと考えたのである。
そういうことで、5月22日に後見人から保佐人への趣旨変更を家裁に届け出る。
父親も在宅緩和ケアで自宅に戻っていたのでいろいろと精神的に忙しい時期であった。
父親も数日後には亡くなる。

保佐人選任
趣旨変更を届けた約一ヶ月後の6月23日、保佐人と選任するに先立って、本人と保佐人候補者(私)にそれぞれインタビューがあった。
対応した家裁調査官は、これからの将来、あちこち全国を異動しつつ、仕事の経験を積むに連れ仕事柄どろどろとした人間関係を見つめなきゃいけないわけで、自ずと機械的な判断を下しがちになりとっつきにくくなるのだろうな、と勝手な妄想を抱くくらい、初々しく世間ズレしていなくて、思わず世間話をして仕事の邪魔をするところだった。

成年後見人保佐として選任
翌々日に家裁から連絡があり、保佐人として選任されたので、これからそれに関する書類を、本人と保佐人である私に送付する旨の連絡があった。
その書類を受領した日から2週間以内に異議申し立てを行わなければ正式に保佐人として登記されることになる。
成年後見人保佐は、本人が回復するか、あるいは、本人が死亡するまで保佐人として責任を全うする義務がある。
母親の状態を考えると実質的には死ぬまでですね。
保佐人としての任務がこの先長いか短いかはわからないが、せめてもの親孝行になればとの勝手な期待もある。

初仕事かな
保佐人として選任されたよ、と誰に連絡する隙もなく、母親宛に実家のある市役所から、6年前に亡くなった祖母の土地の固定資産税の支払い督促が母親の元にやってきた。
祖母は遺言状を残さなかったので、相続は法定どうりに、おじやおば、その配偶者、その子に行く。
母親本人に聞くと、税金は払いたくないので相続を放棄しても良いが、自分の兄弟がその土地で何かしら利益が出る商売でも始めるなら、その利益は山分けしたいという、ノーリスクハイリターンを希望しているように見受けられた。
そんな都合のいい話はない。
早速、保佐人としての仕事開始である。

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