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2022/08/03

目測のバイアス

遠くにいる人が近くに来ると、思っていたより大きかったり、逆に小さかったりと、目測と実際の身長が違うことにちょっと驚いている自分に最近気づきました。

相手が男性の場合は、5cm〜10cmほど高く見積もったり低く見積もったりばらつきがあるのですが、女性の場合は、大方の場合、実際の身長より遠くにいるときの目測のほうが5cm〜10cmほど高く見積ってしまう傾向があるようです。

思い込みとか先入観とか偏見とかのたぐいだとは思いますが、バイアスのメカニズムはちょっとわかりません。

似たような事柄として「地平に近い月は大きく見える」というのがあります。月が地平線に近い場合には、地上に比較するものがあるので月が相対的に大きく見える、いわゆる錯覚がそうさせると解釈されています。実はこれ、月が真上にある方が大きいという解説を見つけました。

月が昇って来るにとても大きく見えることがありますが、実は錯覚です。
実際は、月が頭の真上に来る時の方が、地球の半径(約6400km)の分だけ月に近づくので、大きく見えます。
また、空の低い所にある月は、大気の屈折の影響で、上下につぶれて見えるので、さらに小さく見えます。
姫路科学館 - 天体写真と観測報告「月の見た目の大きさの変化」

 へぇー、とびっくりしますね。

人は見えてるようで正確には見えていない、というお話でした。

2022/03/30

石を並べてみた。

ここのところ、雨が降って自転車には乗れないし、今日は出かける用も特にないので、車庫に降りたついでに庭にあった石や珊瑚や貝殻を並べてみた。
西洋には複数の石を並べたり重ねたりして何か形にするというのはすることはよくあるようで ”Stones Arranged” や "Arranged Stones" などと英語では表現されていて、一度やってみるかと。

一方東洋のチベットでは、僧侶がカラフルな砂で作る曼荼羅があって、その曼荼羅はどんなに時間がかかって完成したとしても、完成と同時に崩してしまうそうで。(チベット仏教の僧侶が「砂の曼荼羅」を描きそして壊すまでをとらえた動画)

よくできた石垣のように隙間が直線にならないないよう、大きさや色がランダムになるよう、あーでもないこーでもないと石をとっかえひっかえしながら並べ終えると、近所の野良猫が出来栄えを確認しにきた。僧侶たちが曼荼羅にかける時間も集中力も完成した瞬間の美しさには到底及ばないけれど、一匹が義理で見てくれているようにも見える。気のせいですね?

曼荼羅は完成形が予め見えているようですが、完成形を想定せず石の配置に試行錯誤を重ねる時間を持つのは大事ですよね。今の配置が崩れても、また別のアレンジに挑戦するだけだからお手軽な暇つぶしになりそう。

2021/01/14

お正月は海でランチ

お正月は親戚周りもないので、家族のみで食事を摂ることになった。

初日の出ライドで初めて訪れた「ぐしちゃんの浜」が案外穴場だったので、家族を誘ってピクニックランチと洒落込んだ。

通り道にあるスーパーに寄って思い思いの品を買い込んで、レッツランチ!

ぐしちゃんの浜は沖から、海、イノー(サンゴ礁の礁池)、草、砂浜という変わった構成でできている。 草が生えている部分は、日常的に潮がかかるようではなさそう。

石灰岩の自然岩を使ったボルタリング(←ずっと間違えていた)ボルダリングではそこそこ有名だそうで。

ランチしたあとは、各自が思い思いにイノーを散策したり、チェアにもたれて佇んだり、まったりとした時間を過ごした。 いいしょうがちでーびる。(よいお正月です)

 

しかし、ブログの更新頻度が極端に落ちてやばい。一つの記事を仕上げるまでの工程が(今となっては)多く感じて、まとまった時間が必要なのと、PC(Mac)が必要なこと(スマホからもアップできるけどレイアウトがイマイチ)などが足かせになっている。

スマホでのSNS利用の便利さに慣れると、以前は簡単に思えたことも億劫になるんだな。問題意識はあるんだが(とにかくPCに向かえば良い)。

2019/10/16

映画「フロリダ・プロジェクト」は猫が転生したらフロリダだったというお話

映画「フロリダ・プロジェクト」はやるせない映画だった。
親子の愛情以外は救いようのない主人公である母娘の、他に自分を守る術を知らないために吐き出す汚い言葉の数々と目を覆うばかりの行動で自己を確立している。
インド系女性フロントの「そんな言葉遣いだから、ろくに仕事にもつけないんだよ!」(うろ覚え)に対して若い母は飲みかけの瓶を逆さにして液体を床にばら撒いて去って行く、万事こんな調子である。
人間が繁栄している最大の理由である社会性が欠落してる。
社会と協調するのではない、自分が最優先である。
自由を履き違えてる? そうかもしれない。

ドキュメンタリーを撮っているかのような自然な演技、でもやはりそこは映画であって数々のカットをきれいに整理しているから、嫌気も併存しつつ見続けることができる。
エンディングだけは、一気にトーンが変わって、映画調を前面に出してくる。
マジカルエンドたる所以。

まぁ、あれだ。
猫は自分勝手だと人は言う。
言うことは聞かずルールは私だ、気分がコロコロ変わる、ってところか。
この映画は、猫が人間に転生したらそこはフロリダだった、というお話である。

(アメリカの貧しさって物質的なものではないということがよく分かるけどね)
(エンディングは、こうであったらいいな、という夢ですね)
(救いは母娘の愛情であって、このままでもいけないし、二人を引き離してもいけない。どうすりゃいいのか)
(邦題のサブタイトル「真夏の魔法」って一体どこから来たのか?)

2019/10/09

那覇ICの歩道はわかりにくい

那覇ICは、車優先なので横断歩道はなく、車道の下の歩道用トンネルをくぐる必要がある。

1枚目の画像の赤い線が歩道である。これが、初見の人にはわかりにくいらしい。
たぶん、歩道は車道沿いにあるという先入観がそうさせるのでは、と思う。
実際、ここで戸惑っている歩行者を何人も何組も見た。
自転車での通りがかりに「下からでーす!」ひと声かけて案内したこともある。

2枚の画像は1枚目の画像の(1)の矢印の方向へ向けて撮った。
歩道が途切れているように見える。
車以外は進入禁止の標識はあるが、人はどうすればいいのかがわからない。
3枚の画像は1枚目の画像の(2)の矢印方向へ向けて撮った。
初見の人にはこれが車道をくぐる歩道であることに想像が至らない。
4枚の画像は1枚目の画像の(3)の矢印方向へ向けて撮った。
右側奥のトンネルが見えるのにここでも迷っている人を見かけた。

事故を未然に防ぐには歩道を指し示す案内板が必要ではないかな。

2019/07/19

デザインナンバープレート素案

デザインナンバープレートのデザインが車のデザインを無視しているので、シンプルに印象を変えるデザインの素案を作ってみた。
まずは国交省のサイトから、各地のデザインナンバープレート。
カラフルですね。
いったい、どういう車に似合うんだろうか?
木を見て森を見ず、みたいな。


2枚目の画像は現在の普通乗用車に適用されるナンバープレート。
縦横比がイマイチという声も多い。

というので、上下に分割する線を入れてみた(3枚目)。
ひらがな「さ」は続く数字と同じくらいもっと大きい字でもいいかもしれない。

さらに、丸四角で囲ってみた。
加えた線が枠に見えると自動二輪車と同じになるのでNGかな。

さて、このデザインナンバープレート、正式には「地方版図柄入りナンバープレート」というらしい。
地方公共団体が地方版図柄入りナンバープレート導入するにあたるに際し、国交省が趣旨や図柄の選定基準などを明記した導入要項がある(こちら)。
図柄の選定基準を抜粋する。
5) 図柄の選定基準 次に掲げる選定基準を満たしていること。
  ① 次に掲げるすべての要件を満たすものであること。
  • 図柄の選考に当たり、地域住民の意向が踏まえられていること
  • その地域の特色を表現し、地域振興・観光振興に資するものであること
  • ナンバープレートとしての視認性が十分確保されていること
  • 自動車登録番号(道路運送車両法第9条に規定する自動車登録番号をいう。以下同じ。)の書体や大きさ等を定める道路運送車両法施行規則 (昭和26年運輸省令第74号)第1号様式を変更するものでないこと
  • 製造工程上の技術的な制約を回避できるものであること
② 次に掲げるすべての要件に該当しないものであること
  • 政党その他の政治団体、宗教に関連するものであること
(以下略)
①の・の1番目と2番目を見ると、ひと目で地域っぽいと判別できるものでないと認められなさそう。

ところで、②の否定のロジックは「次に掲げるすべての要件該当しないものであること」の条件が「…関連するものであること」というのは、斜め読みすると勘違いしやすいですね。
「…関連するもの」で十分なのに。

2019/05/21

インドール - 飯田橋

出張のついでに5年ぶりに飯田橋は神楽坂入口の飯屋「インドール」で「豚肉のにんにく焼き」を頂戴した。

焼肉と一緒に炒められて、皿の上に残されたどこにも似たものがないタレを、千切りにされたキャベツに絡めて食べるほど好きだ。
この店の代表メニューは「豚肉のしょうが焼き」だと思うが、その味は私のスタンダードとして確立していて、他の店でインドールを超えるものに巡り合ったことはまだない。
後年、私はにんにく焼きを好むようになっていて、しかし、しょうが焼きもとても美味しい。

初めて就職した1992年から4年間ほど、仕事を終えて、狭くて味気ない寮に帰る道すがら週3,4回は通っていただろうか。休日はお昼にも通っていた。

1993年の米騒動では、飲食店が軒並みタイ米に切り替えたり、ライスの値段を上げたりしている中、インドールは一度も値上げを行わなかったしタイ米を使ったこともなかった。仕入れのコスト増を店が負担したのである。
その騒動の真っ最中のある日の晩、隣で食べていたおばさんが、出されたライスを見るなり、大声で「値段も上げずに、国産米を出し続けて、あんたはエライ!」だのなんだのとご主人を大げさに褒めていたことを思い出す。たしかにそのくらい珍しいことだった。
ご主人は彼女に応える訳でもなく、黙々と中華鍋に放り込んだ肉をフランベしていた。

そして今も値上げの仕方を忘れてしまったかのようにお値段据え置き、しょうが焼きとにんにく焼きは550円、並ライス150円、興が乗れば豚汁50円を追加するのが、当時も今も変わらない定番メニューである。お客さんの数が少ない時間帯には、ご主人と一緒に店に立つおかみさんのお惣菜がつくこともある。

カウンターしかないとてもとても細長い店で、お客の出入りには、座っている方も歩く方も触れ合うのがさけられないので、双方で気を使い合うほどの幅の狭さだ。
他にお客さんがいないお昼の遅く、誰かに話を聞いてもらいたいのか、おかみさんが「隣の店が空いた時、拡張していればもっと儲かったのに…」と愚痴っているそばで、ご主人は黙々と私のオーダーのために中華鍋を振っていた。
席数は倍以上になりそうなので、そうですね、とおかみさんに相槌を打ちつつ、一方で米騒動を真正面に受け止めたご主人だからこそ、そうはしなかったのだろうなと一人で納得した。

今となっては老齢にさしかかっていると思われるご主人とおかみさんが健在だったのが何より。
神楽坂入口における晩ごはんローテーションの一角を占めていた店は他にもあって、インドールの隣のホイコーローの店は健在だったが、裏通りのオムレツカレーと焼肉の「キッチンめとろ」は無くなっていて、時の流れを嫌が応にでも感じさせる。
インドールもいつまであるかわからない。
「いつまでもあると思うな親と金」に「店」も追加したい。

こうして今でも、インドールのしょうが焼き/にんにく焼きを時々思い出す。
昼夜問わず胃袋を満たしてくれた飯屋は、私の当時のメシヤ(救い主)だったと言っても差し支えない。

2019/5/21追記
2019年4月30日をもって惜しまれつつ閉店した。
https://twitter.com/uyabin/status/1118454819327361025?s=20

2019/02/13

Google Home Mini の音質

今年の取り組み「去年のことは今年のうちに!」

昨年、気になるところがあって、書きかけだった記事ですが、細かいことは気にしないことにしたので、公開します。
====
年末(2017年末)に Google Home mini を私の素敵な奥様へのクリスマスプレゼントと称して購入しました。
プレゼントなので所有権は彼女にあります。

コイツで音楽などを聞いてみると、小さい割には音がいいのです。
オーディオ的に云々はさておき、案外バイオリンやオーケストラなどのクラッシク、ロックやジャズもいけます。
音楽の聞かせどころをよく知っています。

ということで、早速、音質の秘密を探ってみたいと思います。

と大上段に構えたのはいいものの、我が家では測定環境が整ってません。
次善の策としてiOSのアプリでスペアナ(スペクトラム・アナライザ)またはRTA(Real-Time Analyzer)と呼ばれる周波数解析ツールを複数使って周波数特性の傾向を見ることにしました。
アプリごとの結果から共通点を探っていく感じです。
共通点というとiPhoneのマイクを含めた特性も含まれてしまいますが、 目をつぶります。
アプリは、SoundBeam、RTA Audio、ATAです。

測定用の音源はGoogle Homeに内臓されているホワイトノイズを使います。
"Ok, Google, whitenoise" と言えればかっこいいんですが、実際の発音は「オッケー、グーグル、ホワイトノイズ」とカタカナ英語でも認識してくれます。
厳密に言うとこのホワイトノイズが本当にホワイトノイズか?となるのですが、目をつぶります。

測定方法は、軸上30cm、つまり、Google Home Mini の真上30cmにiPhoneのマイク部分を置いた形で測定し、次に真横30cmで測定します。
距離が30cmなのは周囲の影響を避けたいという理由によります。
また真横から測定したのは、うちの場合、高さ1mの高さの場所に設置していて、音を真横から聞くことが多いので、どんなものかと思ったっためです。
厳密な測定方法ではありませんが、ある家庭でのお遊びということで、目をつぶります(3回目)。

まず、測定順でSoundBeamから始めます。
最初は軸上30cm。
低い周波数(画像左側)から見ていきます。
低音は、200Hzから300Hzにかけてなだらかな山があります。
中域は、1kHzと3kHzの中間より3kHz側、2kHzくらいに目立つ山があります。
その後、3kHzで一旦落ち込みますが、3kHzと10kHzの中間、5kHzくらいに山脈のような山があります。
10kHzを超えるあたりの高域にも急峻なピークがあります。

下の画像がMiniの真横30cmの距離から測定した結果です。
軸上30cmと比較すると、300Hzを超えたところと1kHz手前で落ち込んでいますが、大まかな傾向は似ています。
5kHzあたりの山がはっきりとしています。
全体的に山が急峻になっています。

次に、RTA Audioです。
軸上30cmの画像を取り忘れて、真横30cmの画像だけです。
やらかしました。

200Hzの山、2kHzから3.5kHzの山、5kHzから12.0kHzの山が見えます。
全体にあまり細かくありません。

最後にATAです。
まず、軸上30cm。
125Hzの山、4kHzから8kHzの高い山、10kHzから14kHzくらいにさらに高い山があります。
次に、真横30cm。
200Hzのところに低い山、500Hzに山、1.25kHzに山、2kHzから2.5kHzに山、3kHzで一旦谷ができ、4kHzでまた上がって、10kHzと12kHzあたりに最も高い山が見えます。

さて、3つのRTAの結果から何がわかるでしょう。
測定条件が同じ、軸上30cm同士、真横30cm同士で比較するのが良さそうです。
軸上30cmでは、125Hzから200Hz付近を頂点としてなだらかな山、次に2kHzあたりの山、最後に10kHzを超えたところに山を構成しているように見えます。
次に真横30cmではどうでしょう。低域は200Hzの山と500Hzの山の2つに割れ、中域は2kHzを中心に山、高域は10kHzから12kHzで山が見られます。

低域、中域、高域のそれぞれで帯域を持ち上げることによって、うまく聞かせどころを作っているように思います。
帯域はフラットではないので、特性優先ではなく、聴感を重視して何度も何度も調整を重ねた末に出てきた音に思います。
開発者の中にセンスの良いサウンドデザイナーさんがいるんでしょうね。

限られた大きさ、コストという制約のもとで、ここまで作り上げてしまうのは、スマートスピーカーでは音も重要な機能だと開発当初から考えてくれているようで素直に嬉しいですね。


(2019/2/12追記)
ホワイトノイズを出さない「暗騒音」の状態でも測っておくべきでした。
そうすれば、特性の傾向がよりはっきりわかりました。

2019/02/05

3号の共感覚

3号(♀10才)がある日、数字には色があると不思議なことを言うので、もっと詳しく聞いたところ、色の他にイメージがあるらしい。
メモしたので公開する。
0
黄色、光、丸、星
1
赤、始まり、しっくり
2
ピンク 、優しい
3
オレンジ、明るい
4
青、死、悲しい
5
黄緑、木、反対にしたら木に見える
6
肌色、人間、反対にしたら人間に見える
7
紫、ラッキーセブン、自分のラッキーカラー
8
3と同じ
9
赤、10の前の色
10
水色、水

数字の形、音から想起されるイメージがメインだろうか。
これを「共感覚」というらしい。
以下、Wikipediaから。
ある刺激に対して通常の感覚だけでなく異なる種類の感覚をも生じさせる一部の人にみられる特殊な知覚現象をいう。 例えば、共感覚を持つ人には文字に色を感じたり、音に色を感じたり、形に味を感じたりする。 英語名 synesthesia は、ギリシア語で共同を意味する接頭辞 syn- と感覚を意味する aesthesis から名づけられた。感性間知覚。
数字に色がつくパターンもWikipediaに記載がある。
想像豊かで素晴らしいが、学業面では算数が苦手であるので、共感覚が邪魔をしていると邪推している。
数や量として数字を扱うには、2は偶数、4は2の倍数とか感じてほしいのに、優しいとか悲しいという数字にまとわりつくイメージは余計な情報となってしまうのではないか。
ただ、3号から共感覚を取り除くのは、角を矯めて牛を殺すようで酷な気がするので、算数については四則演算がちゃんとできれば良しとしよう。

画像は、3号が、あるイベントのために短時間で仕上げたキーホルダー。
あっという間に完売した。

2018/12/07

ハンドドライヤーと手の向き

職場のトイレに設置されているハンドドライヤーで手を乾かそうとすると、手のひらも甲も乾燥するのに大体1分間くらいかかる。
両手をこすり合わせながら、前後に動かし、ハッピーバースデーの歌を3回分繰り返す。つまり1分だ。なんでハッピーバースデーかというと、「ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室」で、料理の前に20秒間は手を洗いなさい、20秒というのは、だいたいハッピーバースデーを1回歌う分だからと推奨されている。

画像には片手しか写っていないが、もう片方の手でスマホを持ちながらの撮影の都合であることをご承知願いたい。

しかし、背後にに待っている人がいると、急かされているようでハッピーバースデー1回分くらいで早々に切り上げてしまう。
当然、手のひらも甲もまるで乾いていない。
手のひらだけでもいいから早く乾かす方法はないか。
そこで考えた。
このハンドドライヤーは2枚目の画像のように風の吹き出し口は横に広く、奥に浅い。
手首から先を90°に曲げて、左右の手のひらの間に風を通せば、手のひらだけを先に乾かすことができそうだ。

3枚目の画像のように、手のひらに角度をつけて、左右の手のひらと手のひらの間に風を通すようにする。両手はこする。
そうすると、30秒程度で左右の手のひらを乾かせることが、幾度かの実験により確認できた。
50%の時間短縮である。
ただし、手の甲はまるで乾かないという課題は残るが、実用的には十分だ。
手の甲まで乾かしたい場合は1分かければよいのだ。

世の中には、ハンドドライヤーの形式はいくつもあり、常にこの方法が有効に働くとは限らないが、目的を明確にし、改めて手段について熟考することで、満足行くゴールにたどり着くことができた。

手首から先を90°に折り曲げた奇妙な格好で手を乾かしているときに、きっと、後ろの人に変な人と思われてしまうのではないか?などと想像してしまう人は、この方法を試すのは遠慮なさったほうがよいでしょう。

2018/11/29

「通行止め」の案内板の改善案

もう時期を逸してしまったが、琉球王朝祭り首里(旧首里文化祭)の通行止めの案内板が冗長だらけでアンキャッチーでひどい。
車を運転しているドライバーがこの案内板を見て、ひと目で理解できるだろうか?
  • 「いつ」の文字が小さい
  • 「どこ」の文字が小さい
  • 「いつ」の年月日が冗長
  • 「通行止め」が2度も出る
義務は果たしました、見る人の都合なんて考えていません、と製作者のセンスを疑いたくなる。
しかも毎年使いまわしなので、来年もこの案内板を見ることになる。
で、改善を図ってみる。
まず伝えたいのは「通行止め」。
次に「日時」と「場所」。
理由はあとでよい。
区間によって、通行止め終了の時間が変わることもアピールしたい。
いかがでしょうか。
3日後に行われるNAHAマラソンの案内も改善できそうだ。
「場所」は大きい字で視認性が高くて良い。
ただ、「日時」はドライバーからは見えないですね。
改善案である。
あ、曜日(土→日)と県立武道館「前」が間違ってった。
文句をつけつつ、こういうミスはいただけないですね。
直す時間がありません。大変すみません。

いずれの案内板もプロのデザイナーの手が入ればもっと良くなるはずである。

主催者様におかれましては、案内板の掲示のみでは義務を果たしたことにはならず、見る側に伝わる工夫が乏しければ案内板としての意義がないことをご理解いただけると幸いです。

2018/04/08

A&Wの消された顔のナゾ

場所はA&W那覇空港店の壁。
右から二人目、青いドレスの女性の顔が黒く塗りつぶされている、もしくは切り取られているのにお気づきだろうか。

写真の時代を考慮するとこの女性はすでに故人となっている可能性が高いと思うのだが、どうだろう。
とすると、本人の遺志か遺族の意向か、A&Wとして不都合があったのか。
そもそもこの写真を壁紙に採用したというのも不思議な気がする。

で、調べてみた。
宮古空港店の壁にも同じ写真があるのは確認できた。
しかし、それ以上は何もわからない。
ネットでの調査(ググる)には限界がありそうだ。SNSに投稿すれば拡散され答えを引き連れてくれるだろうか。

手始めにA&Wに聞けばいいんだけど、そこまでするかな。

2018/04/02

3月33日と旅

年度末行進の終わらない人にとって4月2日はまだ3月33日、サンサンサン。

ウチの職場にも新人さんが入ってきたり、自分も古巣へ異動になったり、引き継ぎもままならず慌ただしいです。

1号(♂18才)が新天地へ旅立って2週間あまり、残った家族も彼のいない生活に適応しつつあり、しかし、猫は変わらず悠然と何事もなかったように惰眠と食事と排泄とナデナデの要求をする毎日です。彼が帰ってきたら、やぁ、ぐらいは言ってくれるだろうか。

「旅」と書くと帰る家がある気がしますが、「旅立った者」には帰ってくるとは限らない寂寥感が湧いてきます。果たして彼は帰ってくるのかしら。

しかし、あっという間の18年、何も教えられなかったなぁ。
とはいえ、今回の二泊三日で一緒にいて強く思ったのは、子が目的を持って旅するときに親がサポートに回るのは、アドバイスと対等な意見のバランスが良くて二人の距離感も絶妙でよい相乗効果を発揮できた気はします。
今では、寂しさよりも自力で成長したであろう1号に会えるのを楽しみにしている自分がいます。

====

画像は1号の住処の最寄り駅。
2段落目を書いて、適当な画像を探していたら、この画像を見つけて予定変更、1号について書いてしまった。
スマホを置いて、PCに向かうとブログも書けるんですよね。

2018/02/26

「人生を生きる」

「人生」に続く字を無理矢理解読してみると「を」か「と」だと思いますが、「を」と解釈してみました。

認知症で老人ホームに入居している母親の部屋に貼られていました。日々の活動の一環で書かれたものと思いますが、案外達筆で驚きました。
本人が昔語ったことによると、字の書き方を誰かに習ったことはなく、独習で人に褒められるような字が書けるようになったと。
脳は覚えることができなくなっても手は覚えているものですね。

さて、来月には1号(18才♂)も親元を離れて県外で一人暮らしが始まります。
彼に限らず子どもたちには自分の人生を生きて欲しいでしね。


2017/08/21

お掃除ロボット、ILIFE社製「V5s Pro」の導入

お掃除ロボットにこれほど感動するとは想像していませんでした。

お掃除ロボットが他の生活家電と違うところは、これまでの家事を「自律で」代行し、結果を出すところじゃないかなと思います。
生活家電でイメージしているのは、炊飯器、冷蔵庫、洗濯機、電子レンジ、エアコンなんですが、炊飯器、洗濯機、電子レンジに目的の動作をさせるには人間の手で材料(食材、服)を入れて、スイッチを押さないといけませんし(自律じゃない)、冷蔵庫とエアコンは新たな概念の提供(食料を冷やす、部屋の温度を制御する)で家事の代行というのとは異なる気がします。一方、お掃除ロボットが提供するのは、床の上に限りますが、お掃除の代行です。これはまさに、我が家に掃除職人、家政婦、お手伝いさん、召使、奴隷のどれでもいいんですが、専門職が加わったかのようです。彼が働いている間、人間は外出したりPCのキーを叩いていたりします。

購入したのはアマゾンのセールでお安くなってた、
ILIFE V5s PRO
です。地図機能を持たない、ランダムに走り続けているうちに部屋の床を網羅するという力技でお掃除するタイプなんですが、評価がとても高いのです。
水拭きもできるならそっちがいいと私の素敵な奥様が言うので、エントリークラスの下から2番目の製品としました。
あと、高さも低めで家具やベッドの下にも入り込めそうというのもポイントでした。

いや、静かですねぇ、と最初に動かしたときに感動したのですが、実は、充電器に帰るモードでお掃除吸引してないことが判明、お掃除もモードだとそれなりに音は出ますが、普通に会話ができるので掃除機ほどでもないです。ちゃんと動かしてみると、ゴミがよくとれます。水拭きしなくても床がすべすべになります。 我が家は床の上は裸足としているので、顕著にわかります。
毎回取ってきたゴミに感動するのは、動きは無駄もありそうだけど、ヤラセや誇張が一切なしで結果を持って評価してくれ、という潔さに通じるとところがあるのでしょう。

よく言われますが、お掃除ロボットの導入により、床に物を置かないようになったのは副次的な効果です。

ちなみに、この製品にはもともと Beetle という名称がついているらしいのが箱を見てわかりました。名称どおりに動作ランプを目とした「てんとう虫」に見えてかわいいので、Beetleくん という名前をつけるに至っています。
毎朝、夏休みが明けると誰も家にいなくなる9時頃にタイマーをセットしています。
あ、猫は Beetleくんには遠慮気味で常に距離を置いています。

2017/05/13

バラと子猫

ここ最近は Twitter で消費している感じで、引きづられるようにこのブログへの投稿が減少していますが、最近は Mastodon なる分散型の Twitter のようなものが出てきて、ますます投稿の減少に拍車がかかりそうな気配です。ただ、書かないと書けなくなる、と言うのは Twitter や Mastodon でも実感していて、どこでもいいから書くのは必要ですね。
そもそもこのブログを始めたのは、旧題の workbench (作業台) が示すとおり書くことの練習だったのです。

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書かないと書けなくなる
動かないと動けなくなる
歩かないと歩けなくなる
走らないと走れなくなる
喋らないと喋れなくなる
歌わないと歌えなくなる
考えないと考えられなくなる
思い出さないと思い出せなくなる
眠らないと眠くなる
あれ?

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画像は私の素敵な奥様の友人から頂いた絵葉書。
ちょうど貰い物のバラを挿していたので、その間に立てかけてみたらすっかり溶け込んだ子猫。

2017/03/30

職業の選び方 version 2 (消極編)

10年前の自分の記事でこう書きました。
職業の選び方
  • 好きなこと
  • or/and 人よりできること
  • or/and 人の役に立つこと
  • or/and 稼げること.
(全部自分で考えたのだけど、一部どこかのネットで有名なアメリカ人が書いた物とかぶっている:探索中)。
今でもあながち間違っていないと思っています。
ちなみに、
「タイム・コンサルタントの日誌から 〜 好きな事・上手にできる事・稼げる事・世の役に立つ事」 
にタイトルそのままで同じことが書いてあって、世の中だれでも考えることは一緒かなと思います。ただ、拙ブログの言いっ放しとは違い、さすがコンサルタント、深掘りもされています。
「人生の目的」か〜。

4つの項目のうち「何を重要視するべきか」は、その人の置かれた立場によって変わるのでしょうけど、4つともフラグが立てば最高ですよね。
しかし、職業なんて、社会との関わりなしには成立しないので、どうしても需要と供給に翻弄されるとなると、4つの項目の一つもフラグが立たない状況もあり得るわけです。昨今の夢も希望も収入もしぼみがちなこの日本だとなおさらです。

てなわけで、職業の選び方 version2 (消極編) を作ってみました。
  • 大嫌いではないこと
  • 人とだいたい同じくらいできること
  • 人をおとしめないこと
  • とにかく生きていけること.
4つの項目にすべてフラグが立っても面白そうに見えないところがややつらいです。
この消極的な職業の選び方で選んだ仕事は、十把一からげの扱いを受けそうで、仕事の自動化が進んだ暁には真っ先に切られるかもしれませんね。

自分の職業歴を振り返ってみれば、通信エンジニアでスタートし、システム開発などを経て、現在は通信サービスの企画、開発、プロジェクト遂行なんてことをやっているわけです。自分の意志で職業を選択したのは就職と転職の際の2回のみで、あとは社内の人事異動に翻弄されています。
職業と仕事は微妙にニュアンスが違うので、ここで言い換えますが、他人の決定によって自分の仕事が変わっていってしまう、それでもなんとかこなしていくうちに「自分の仕事」と言えるようになる、ということが経験則によりはじき出されます。
自分の想定していた仕事、というかそもそも仕事がどういうものかを想定していたか、と言われるとほとんど想定できていなかったというのが現実で、仕事なんてやってみないとわからない、というのが25年働いてきた今日までの私の結論です。
もっとも、仕事に対する考え方なんて、後天的に身に着けたものですから、 10年後は今と違うことを言っているかもしれません。

さて、「職業の選び方」は、今働いている自分自身に対しても有効です。
自問自答すると、次のようになります。
職業の選び方 (自問自答編)
今の仕事は
  • 好きか?
  • 人よりできるか?
  • 人の役に立っているか?
  • 稼げているか? 
あなたはどう答えるでしょうか?


2016/10/29

泉崎ロータリーのホンダ "Ape"(エイプ)

もう半年以上前から、通勤途上の泉崎ロータリーにホンダのApeが放置されている。
ナンバープレートもしっかり付いていて、持ち主の特定は容易そうなのだが。
盗まれて放置されたのかもしれない。

ところが、台風201618号の後は、テールがスライドしただけで倒れていなかったので、不思議に思っていたら、よく見ると前輪は手すりとの間でロックされている状態だった。
盗まれたのではなくここに駐車して、意図的か不可避かは分からないが、持ち主はもう取りに戻ってこないのだな。


10月8日付で、管轄の国道事務所から「警告」の張り紙がしてあった。
しかるべき期間を経て、持ち主不明で撤去されるのだろう。

2016/08/24

「The Pacific」

ThePacificIntertitle.jpg米国海兵隊の3人の主人公を軸に太平洋戦争の何たるかをテレビドラマに仕立てたもの。
スティーブン・スピルバーグとトム・ハンクスが総指揮のメンバーとなっている。
夏休みの宿題として称してDVDを借りて見た。

銃弾の曳光弾のスピードのリアルさや(見えるけどよけられない速さ)、弾が当たるかどうかは運でしか無いという理不尽さ、死んだら英霊なんかではなく敵でも味方でもない、ただの腐り始める物体でしかないなど、戦争の無意味さを知るにはうってつけだと思う。

このTVドラマは、主人公のうちの2人、ユージン・スレッジの「ペリリュー・沖縄戦記」とロバート・レッキーの「Helmet for My Pillow」の著書をベースとしている。
ユージン・スレッジの「ペリリュー・沖縄戦記」に関しては
「ペリリュー・沖縄戦記」ユージン・B・スレッジ著
で書いた。
一方、ロバート・レッキーの著書を
「Okinawa: The Last Battle of World War II」Robert Leckie著
で読んでいたことを後で知った。ロバート・レッキーは沖縄戦には従事していないので、この著書は記録的な書き方にとどまっている。「Helmet for My Pillow」を探し出して読んだみたい。
もう一人の主人公であるジョン・バジロンは硫黄島の戦いで戦死したので、本人が記録したものはない。
ユージン・スレッジの著書は敵味方関係なく、戦争のむごたらしさをあまねく記載した点でお奨めする点は今も変わらない。

このTVドラマの第9話 "Okinawa" の中で、沖縄住民を「Okinawan」として「Jap」「Japanese」とは区別していた。日本領になった太平洋の西側の島ぐらいの認識だったのだろうか。
あと、黒人兵士が一人も出てこないのは気になった。いたとすれば、ユージン・スレッジの豪邸の家政婦だけである。当時、黒人兵士は火炎放射器等の危険な任務を従事していたはずで、制作陣などの白人至上主義が現れたのかと思った。
それ以外は、美談よりもリアルさを出来る限り追求したドラマになっていたと思う。
米国側から見た太平洋戦争全体を伝えるものとしてお薦めできると思う。
もし、日本で日本側からみた太平洋戦争全体を伝える美談抜きのドラマが作れるのなら、それは凄いし素晴らしいことだと思う。
しかし、飢餓や玉砕にまみれた恐ろしい物になるのかも知れない。できるかな?

最後の第10話のエンドロールで登場人物のその後を淡々と伝えるのだが、鬼籍に入っている人がほとんどで、戦争で運良く生き延びた人もいずれは死ぬのである。それならば、戦争なんかで本人の意志や心の準備なんか関係なしにアッという間に死ぬより、本人の生きたいように生きさせるべきだと思うのだが、そうは思わない人々も多いようで途方に暮れる。


2016/08/09

家庭における10の未解決問題 検討編 (7〜9)

最後に、家庭における10の未解決問題から問題7〜問題9について、我が家での検討状況を報告してみましょう。

問題7. 昔はテレビを当たり前のように見ることができたが、今となっては見る時間を作れそうもないのはなぜか

テレビのような受動的時間消費活動が無ければ、人間にはやることはたくさんある、ということに気づくことができます。
我家の場合、ネット、読書、工作活動などに費やしているようです。


問題8. 住処は購入と賃貸はどっちが得か

これは考え方の差によりますので甲乙つけがたいでしょう。
一定額の支出をずっと続ける賃貸派と初期投資が大きく支払いの済んだ後はメンテナンス代のみを心配すればいい購入派とでは経営手法が違うと言ってもいいでしょう。
我家の場合は、私が建築好きなこともあって賃貸派ではありません。
余談ですが、「家を購入」というには違和感があって、「家を建てる」と言いたいところですね。


問題9. 問題が9個しかないのに10の未解決問題と呼んだのはなぜか

そもそも問題が9個ではなく8個しかないのにお気づきでしたか?

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