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2023/11/14

ツール・ド・おきなわ 2023 90kmサイクリング

昨年に引き続き、ツール・ド・おきなわ 2023 90kmサイクリングに参加してきました。

サイコン読みで距離94km、獲得標高1400m。結論から言うと、昨年より39分早くゴールに辿り着きました。進歩してるんじゃないでしょうか。

今回は奥様も伊江島50kmのファンライドに参加です。体調不良で不安だらけの中、大丈夫だろうか。よほどやめたほうがいいんじゃないと進言しようかと思っていましたが、結果的には口に出さなくてよかった。

さて、スタートから30kmの第1休憩所まではほぼ単独で、脚の合う人と抜きつ抜かれつでした。pegは下りでスピードが乗ると700Cのロードバイクを抜いてしまいます。空力がいいのとハブがいいのとライダーが重いのが合わさった結果、速度がよく乗るのでしょうか(ホイールが小さいので最大速度には限界がある)。一度も下りで抜かれることはなく、逆にこちらの方が速くてどうしようもないので2度ほど抜いてしまいました。前半は私も上りはそれなりに駆け上がれます。



第1休憩所の出発では先導役のライダーさんの率いる集団にジョインします。

Stravaセグメントで言う屋嘉から恩納に抜ける「県道88号線 Climb」は個人的に一番きつい坂で、そこを抜けると40km地点の第2休憩所で小休止です。

8人くらいの速い人達は先導役のオートバイと一緒に先に出発です。残る先導役のライダーにはたまたま脚の合った京都から参加の方と私をサポートしてもらいました。昼食会場での出発にはちょっと遅れましたがその後追いつき、最後の第3休憩所は、行きますか?のなんとなくの合図で一緒に出発です。

最後の難関県道18号線4kmの坂ですが、先導役ライダーはあとからジョインした脚のある方と先に進み、遅れて京都の方とふたり旅です。 坂の最後では緩めてもらい、4人でゴールを目指し、濡れた路面の下り坂は安全第一で名護の市街地、とうとうゴールです。

京都の方とは最後まで一緒だったので、ゴール後握手して感想戦を交わしました。普段はソロなので、自転車のことでお話ができるなんてちょっと嬉しい。先導役のライダーの方ともゴールの瞬間に握手もできました。お二人がいいペースで導いてくれたお陰で無事ゴールできました。先導役ライダーと京都の方に感謝です。

そう言えば、昼食会場で先導ライダーに「ミニベロなのに速いですね」と言われたことを思い出しました。pegも私も褒められているようで素直に嬉しい。

私の課題は「県道88号線 Climb」です。ここを上ると脚を残せないので、後半の坂は、前半のように力強く駆け上がるのではなく、ほぼ上るのをこなすだけになってしましました。また、その後の足攣りの原因となっています。普段、ここまでの激坂を走ってこなかったので、脚がびっくりしたのでしょう。また、1年かけて少しづつ進歩しましょう。

そして奥様は、終盤土砂降りに遭いながらも元気にゴール。体調に不安を抱える中ちゃんと走りきりました。えらい、よくやりとげました。そして楽しんでくれたようで何よりでした。

京都の方が別れ際に「また来年走りましょう!」と言われたので、がんばることにします。






2023/02/02

ウィルスによる攻撃2:新型コロナ(Covid-19)罹患からホテル療養

 1/22(日) 新型コロナワクチン接種(4回目)

帯状疱疹も明けたし、那覇市の集団接種が1月末で終了するらしいので、慌てて予約を入れてワクチンを打ってもらう。接種日は1/22(日)、ワクチンはオミクロン株対応のファイザー製、翌日に受験を控える3号(♀14才)を除き、2号(♀18才)と奥様の3人で接種する。翌日は副反応出るんだろうな。

1/23(月) 副反応

なんとなくだるい。これは副反応だろうと仕事に行くが帰ってから体温を測ると37.5℃。結果から言えば、副反応ではなく、新型コロナ(Covid-19)の症状であった。

1/24(火) 検査と新型コロナ罹患確定

朝、起き抜けに体温を測ると38.5℃。お仕事休み確定。お昼前には39.6℃を記録。14時に予約していた病院に検査で訪れる。ドライブスルー形式の抗原検査のみ。ただし、インフルエンザと同時検査ができる。抗原検査は偽陰性出やすいので、新型コロナ、インフルともに陰性だった場合は別の病院でPCR検査を受け直すつもりでいたら、新型コロナ陽性、インフル陰性とでて、新型コロナに罹患が確定。関係各位に改めて連絡。

この週は大事な会議とその後の懇親会、引退した取引先の人がわざわざ沖縄まで来ての懇親会、これから取引が拡大するかもしれない企業との懇親会が組まれていて、でも、どうしようもないのですべてキャンセル。 前日に小一時間ほど車で一緒だった同僚にも連絡。

沖縄県の陽性者登録センターに申請、県による登録は午後の申請は翌日になる模様。奥様からホテル療養はどう?と提案を受け、私がまごまごしているうちに、奥様は登録センターに連絡、特別に計らってもらって、翌日11時に宿泊療養施設(ホテル)に入所できる運びとなった。しかし、3号の受験に影響しなくてよかった。

11/25(水) 宿泊療養施設(ホテル)へ入所

宿泊の準備はほとんど奥様がやってくれた。奥様に車で送ってもらう。施設の駐車場に着くと指定された電話番号へ到着したことを伝える。看護師が迎えに来るから待てとのこと。なにやらスパイ映画の様相を呈してきた。ちょっと待たされて看護師が全身防護服で迎えに来る。誘われるままに施設に入っていく。エレベーターに乗り込むとそのまま奥を向いておくようにとの指示。エレベータのボタンの注意書きを見ると4フロアか5フロアが療養者用として指定されていた。食事や簡単な諸注意事項を受けつつ、エレベーターの周囲を見回すとエレベータは鉄の扉がつけられ、療養者が勝手に利用できないようになっている。一般のホテルとの違いはここじゃないか。





無事入室。部屋はダブルベッド。しばらくの間の我が住処。

ベッドで資料などを読んでると館内アナウンス、これから事務局職員が各フロアに食事を届けるので次のアナウンスがあるまで部屋から出ないようにと。15分ほどすると、次のアナウンスが流れる。要約すると「食事(お弁当)の準備ができた、30分以内に取りに来てね、オートロックなので鍵を持って部屋を出てね、部屋番号がついているのはアレルギー対応なので間違えないでね、一人一個だけよ」二つ持っていく人がいたんだ(実際、三日目くらいに一個足りなかったとアナウンスがあった)。ペットボトルの水、お茶、スポーツドリンクは十分にあって不自由はしない。



ランチのお弁当はカレーで完食したものの、晩ごはんのお弁当は半分残す。また、これから毎日電話連絡で健康チェックがあり、体温、酸素飽和濃度、心拍数と気になる症状を伝えることになる。

夕方には自分史上最高39.6℃を記録。酸素飽和濃度(SpO2)96%、脈拍86bpm。体温高いのに寒気でブルブル震えたりして、この日が症状悪化のピークであった。

仕事で大障害が起こったらしいことを知るが、何もできない。 というかしたくない。

1/26(木) 臨床研究参加

この日の体温他の指標は午前37.6℃、97%、62bpm、夕方には36.5℃、96%、62bpm。寝ている間も1時間おきに目が覚めてしまって体の向きを変えるなどをする。

朝ごはんのお弁当は完食。以降すべてのお弁当は完食した。

9時ごろの電話による健康チェックのあと、別の電話がかかってきて、なにかと思ったら琉大病院から臨床研究に協力してもらえないかととのこと。すでにある別の症状に対する治療薬で副作用もほとんどなく、また、二重盲検をおこなうので半数はプラセボとなるので、どっちにしろ健康への悪影響はあまり考えなくて良さそうなので、社会貢献することに決めて「はい」と返事をすると、後ほど部屋にお伺いしますと。

お?え?と思っているうちに改めて電話をもらい、これから伺うと。ノックを待ってドアを開けると、完全防護服の女性二人。ドアのところで、説明を受けて、書類と薬を受け取り、体温計とBluetooth接続のパルスオキシメーターは通常のものに交換後にいただけるとのこと。サインした同意書を画像で送付して、いよいよ臨床研究に参加する。毎日定時に専用アプリで報告する。14日間なので2/8までかな。

仕事の大障害は後片付けが長引きそうである。見ないふりをする。

1/27(金) 小康状態

この日は微熱傾向、36.3〜37.0℃、97〜98%、52〜61bpm。朝起きかけに痰が初めて出た。白く粘り気の少ない痰。この日は数回痰を出す。

この日の朝までに家族に感染がないことを奥様が確認する。一安心。

NHK-BSとネットで時間を潰す(潰せるもんだ)。 下着等を手洗い洗濯する。出所するまでは衣服はなんとか持ちそう。あと、持ち込んだ本を1冊読み終える(500頁の残り半分)。そのくらいまでは元気になった。家族からは猫の写真が送られたりして癒しを与えてくれる。ありがたい。


ちなみにホテルの枕がとても具合がよいことがわかったので、そのうち手に入れるつもり。そこそこの値段はするが。

仕事の大障害は、どうだったかな。

1/28(土) 復活かな

この日から平熱、36.5℃、98%、62〜65bpm。この日も白い痰が数回出る。

NHK-BSとネットで時間を潰す(潰せるもんだ)。

臨床研究の薬がきいているかどうかは全く不明。

発症から7日経過かつ症状軽快後24時間経過が療養期間終了の目安。1/23に発症なので(検査した医師により確定している)、1/30で7日経過、昨日または今日で症状軽快とされれば、出所は1/30(月)で確定するはずだ。

1/29(日) 出所日決定

平熱継続、36.0〜36.2℃、98〜99%、55〜60bpm。心拍数も睡眠時と変わらない安静状態。白い痰は継続。

果たして、電話による健康チェックの際、退所日は自家用車でお迎えがあるなら7日経過後の明日1/30(月)、公共交通機関を使うなら1/31(火)となるとのことで、奥様にお迎えお願いし、1/30(月)に決定。

家には帰りたいが、仕事には行きたくないお気持ちでございます。

1/30(月) とうとう出所

朝9時半に仕事の都合をつけてもらった奥様に車で迎えに来てもらう。駐車場に着いたという連絡が来たので事務局に連絡、10分後に完全防護服の看護師に迎えに来てもらう。入所のときの逆の道順を進む。エレベーターの頑丈な扉は開けてもらっており、やはり、エレベーターの奥を向いて立つ。看護師は1Fまで来て駐車場に家族がいるのを確認したのち、ここでお役御免。

荷物は服関係、飲食関係(飲み物は結局蓋を開けることはなかった)、デジタルガジェット系を3つのカバンに分散してあった。重い荷物を車のラゲッジルームに乗せて、ホテル療養終了。

ホテル療養は、家からの移動に難がなければ、部屋も暖かく食事付きで健康チェック付き、安全、安心がセットで提供され、しかも無償、家庭内感染防止に明け暮れるはずだった家族の負担も軽減され、孤独がそこまで苦にならない私にはとても良かった。

最後に体調のバロメータとして役に立つGarminn ConnectのBody Batteryの過去4週間グラフを掲載しておこう。帯状疱疹と新型コロナの二、三日は超低空飛行であったことがわかる。心拍数が高いとBody Batteryは低下し、睡眠等でで安静にしないと回復しない。超低空飛行時は、心拍数が高く、つまり、心臓が全身に血液を高い頻度で送り続けており(だから休めない)、体がウイルスと戦っていたという証拠でもあるのです。




2023/01/30

ウィルスによる攻撃1:帯状疱疹罹患

1. 帯状疱疹



1/8(日)にロングライド中、左背中に筋違いのような軽い痛みを感じる(歳かな…)。ライド終了後に着替えの際に左脇腹に赤くはれたような5cm大の発疹を見つける(虫にされたか)。2日経っても消えないので、何かなと考えあぐねていると「帯状疱疹じゃない?」と奥様に指摘されて、ああ、そうかも、と合点が行きます(やっぱり歳かな…)。翌日に皮膚科に向かい、私の話を聞きながら、体をチェックする医師は診療開始1分で「帯状疱疹ですね」との診断を下します。体の片側に発疹が偏っているのがポイントだという。「お薬で進行を抑えられますからね」と帯状疱疹の進み具合を説明されて、薬(バラシクロビル)をもらって治療開始。1週間後の1/18(水)で治療完了です(軽症で楽勝)。

帯状疱疹は神経の炎症なので、かなり痛いと聞いていたのだが、私の場合はだいぶ軽症で、左背中は「筋を違えたかも」左脇腹は「傷口があるかも」という程度で、仕事も普通にこなせるほどなので、ラッキーだったかもしれない。ちなみ50代から接種推奨の帯状疱疹ワクチンについて先の医師に聞いてみると「あなたは今回罹患したので、5年から10年は不要です」ということでした。 

密かに体内で潜伏してた子供の頃にかかった水ぼうそうのウイルスが、体の免疫力が低下したすきを突いて、ここぞとばかりに表舞台に飛び出した形だが、奥様の指摘が的確で、治療を早めに始められたのが、罹患中もほぼ無痛で治癒し後遺症もないという大勝利の主な要因でしょう。

しかし、治癒して有頂天になっているところに、別のウイルスが待ち構えているのでした。

画像は、1/8のライド中に見かけたフォトウェディング。新婦がすごく嬉しそうだったのが印象的でした。お幸せに。


2022/02/27

「ヤンキーと地元」打越正行著

先日のニュースで、警察官がオートバイに乗った若者と「接触」して、若者の右目を失明させるという事件が発生したというものがあった。その警官の「接触」行為に対し、若者たちが、沖縄警察署(沖縄市)を囲い込み、ときには投石したというもの。彼ら若者たちは、「接触」に異を唱えるため、事件を有耶無耶にさせないため、警察に抗議するにはこうするしかなかったんだろうな、というのがニュースを見たときの感想で、この本を読んだ今も変わらず、さらに確信を強めました。

沖縄のヤンキーの敵は「警察、教師、ヤクザ」とこの本に書かれていたというこの事件に触発されたツイッターを見て、あ、そうだこの本は読んでおかなければと、急いでアマゾンで注文した次第です。(画像をクリックするとアマゾンに飛びますが、アフィリエイトは仕掛けていません) 

警察の見えないところでの暴力行為は、この本にも記載があるけれど、

時に暴走族少年らはパトカーに追突され、捕まった。パトカーに押し込まれた彼らは、警官に激しい暴行を受けた。取調室でも、顔以外の部位に殴る蹴るなどの暴行を受けた。

さもありなんで、高校の頃にも夜中に友人の家へ通じる袋小路に逃げ込んだオートバイの少年が追いかけてきた警官たちにかなりの暴行を受けているのを2階の窓から見ていてたことを友人が興奮気味に語っていたのを思い出します。

笑ってしまったのは

二十歳過ぎの地元の先輩たちはギャラリーとして見物し、後輩たちの暴走に「気合が入っていない」と判断すると、自ら一一〇番して警察を呼びつけて、その場を盛り上げようとした。(p. 30)

敵であるはずの警察を手球を取るように呼びつけるなんて、先輩!

沖縄のヤンキーの敵であるとされている「警察、教師、ヤクザ」は、彼らを理不尽に扱う者たちです。一般市民的には彼らヤンキーは社会に対してあからさまな敵意を見せることがないので(あるいは少ないので)、社会生活を営むうえで脅威となる存在ではないです。とはいえ、先輩から後輩、女性(妻や彼女)に対する暴力行為は認めませんけどね。

2021/09/10

沖縄島建築 (監修・写真:岡本尚文、建築監修:福原朝充)

近代から現代にかけての沖縄の建築物とそれにまつわる人びとの物語をセンスよくまとめた本。または、沖縄の特徴的な気候、気象、地形、景色、歴史、人々の気質を感じさせる建築を選りすぐった本とでも言ったらよいでしょうか。

所在地の住所、参考文献が丁寧に記載されているので、この本を手始めに現地を直接訪れたり、あるいは、書物から広がる沖縄の建築探訪の旅に出ることもできます。他所の地域に似ているようで似ていない、気だるい空気感の漂う沖縄の建築を何故か気になりかけている人が最初に手にとってみるにはうってつけの本です。

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そう言えば、「琉球の住まい」(Amazon)などの著者である福島俊介先生が先日お亡くなりになられた。この本で、沖縄建築の特徴の一つに石造、石灰岩による建築があると指摘されていて、目からウロコが落ちたことがある。ウロコがあったんやな、僕の目。

首里城を始めとする各地に残る城(ぐすく)の城壁、道路(石畳)、橋、台風から建物を守るための石垣などに見られます。また、木材がそんなに豊富ではないため、石灰岩の活用は自然なことであったようです。

画像は南城市垣花の石垣。道路拡張のカーブに合わせて石垣を積み直したと思われます。 取り壊しも多い中、時代に合わせて生かしてくれていることにとても感銘を受けました。



2020/04/13

西表出張

先月末、出張で西表島へ生まれて初めて行ったので、記録する。

いくつかの離島では、新型コロナウィルスの持ち込みを恐れてここ数日は入島自粛を呼びかけているが、西表島の属する竹富町では、まだそこまでの緊迫感はなさそうである。
島の人は顔丸出しだったけど、こちらはマスクしながら出張の目的を全うしましたよ。

画像は、石垣港〜西表大原港を結ぶ定期船。
途中、黒島、竹富島、波照間島の平たい島々を横目に通過する。
これらの島々に比べると西表島は高い山がそびえる大きな島だ。

マリユドゥの滝の入口に掲示されていた注意書き。
入山届が必要なのは、沖縄では西表くらいではないか。
「ここから先は携帯電話が入りません」
同じくマリユドゥの滝の入口のデイゴの花、満開である。例年より1ヶ月は早いと思う。
西表上原港の入口の朽ち果てつつある自転車。
持ち主が現れるのを周囲の人々が待っているかのような放置の仕方である。
持ち主の子は帰ってくるのかな。

西表の植生は沖縄の延長という感じだが、自然が豊富というのはそのとおりで、その自然の保護に関する住民の方の意識は高そうで、特にイリオモテヤマネコの死亡事故には相当気をつけているのか、住民の方の車両が制限速度を超えることはなかった(飛ばしているのはレンタカー)。
同僚の何人かは、長くは住めないなと感想を漏らしていたが、確かに、経済と自然保護は両立が難しいし、医療と教育も経済に引っ張られるので、島での生活は相当な工夫をこらす必要があるかもしれない。
それでも、船を待ってる間にはいい風が吹き、いい場所であるな、また来てみたいなと出張にかこつけた旅行者は思ったのだった。

2020/03/31

ThinkPad 480E HDDの故障と分解

ThinkPad 480E HDD交換

2号(♀15才)のThinkPad E480が1年間の保証が切れた直後にHDDエラーで立ち上がらなくなった。

ThinkPadは分解前提でマニュアルや保守部品提供等のサポートが整備されているのでありがたい(こちら)。
キーボードの良さと(昔よりは落ちたかな)、分解前提がThinkPadを選ぶ大きな理由である。
HDDはSEAGATE製BaraCuda Pro SMR 500GB。
その後、余ってたSSDに換装して無事起動。
SSDのおかげでPCの動作も早くなった。
ユーザデータは消えてしまったけど、クラウドにデータが残っていたりするので、昔ほど深刻ではない。
リカバリメディアを事前に作っといて大成功でしたよ。
みなさんも作っておきましょうね。
HDDの分解

壊れたHDDをそのまま捨てるのは、個人情報隠蔽の面から問題があるし、小さな破壊活動に勤しむことによる、大きな破壊活動を抑える効果を期待して(冗談です)、2号に分解活動を提案し、喜んで了承してくれた。
なにせ、2号は、夏休みの自由研究に壊れた新旧2種のプロジェクターを分解し、進化過程を比較する研究を嬉々として行ったのだ。

さて、分解だが、手持ちのトルクスドライバー(星型の六角形、T-6と7)でなんとかなると思ったのよ。
まーったく合わない。
ネジ穴が小さいので、サイズ感がよくわからない。
より小さいT-5をアマゾンで買って、少し外せて、それでも残るネジがあって、T-4もまたアマゾンで買い足して、この2本でほとんど外せるが、最後の1本のネジがダメだった(最終的にはネジ2本)。
二人でダメだねー、と言いつつ、ネジをよく見ると、星型「五角形」であることに気づく。
分解するのは2号の、道具を揃えるのは僕の仕事なので、僕のミスである。
錯覚いけない、よく見るよろし。
那覇メインプレイスの東急ハンズに寄ったとき、星型五角形 1.3mmを見つけたので、躊躇なく購入。

結局使ったドライバーは
  • トルクス T-5
  • トルクス T-4
  • 星型五角形 1.3mm
の3本。
すべてのネジの頭をトルクスT-10で揃えたプリンタのように効率的ではないけど(HP Photosmart 3210 All-in-one プリンタの解体)、精密機械だし、究極を求めての適材適所なんだろうな。

2号はすでに分解に関しては、抵抗感はないはずである。しかし、元に戻すことは教えていないので、このまま破壊魔王にならないか、ちょっとだけ不安は残る。

2020/03/21

ガジ丸さんとヒメキランソウ

ユクレー島のガジ丸さんのサイトを久しぶりに覗いたら、お亡くなりになっていました。
まだ若いはずなのに。
沖縄の草木の検索で高確率でヒットするサイトでした。
久しぶりに覗いたというのはヒメキランソウの名前が出てこなくて画像検索でひっかけたらガジ丸さんのサイトだったのでした。
ガジ丸さん、お金儲けや物品への執着がなさそうでしたが、自分の興味あることをとことんやるし、他人に惜しげもなく与える方のにようにお見受けしました。
首里に住んでいたらしいので、ひょっとしたらお見かけしたり、すれ違っていたかもしれません。
R. I. P.

画像の中下側から右側にかけて小さい花を咲かせているのがヒメキランソウ。
一面に咲いていましたが、白い花は珍しいので、勝手に取っていく人がいます。
心が荒むので、注意の立て看板を3号(♀12才)に制作してもらいました。

ヒメキランソウを一つをとっても、ガジ丸さんのように無償で何かを与える人がいる一方、無断で人のものを取っていく人もいるのですね。
視野の広さと自分の利益へのこだわりとは負の相関がある気がします(自己利益に拘る人は視野が狭い)。

2020/02/27

「南の島の学級日誌―高校生と先生のマジメでユカイな対話集」砂川 亨著

沖縄の進学校、昭和薬科大学附属高等学校の先生が担任を受け持った高校3年生のクラスのみんなと交わした「学級日誌」を本にした。
「南の島」とタイトルに付くのは出版社が沖縄県外への販売を意識しているのでしょうね。
(画像をクリックするとアマゾンに飛びますが、アフィリエイトではありません)

著者で先生(担任)が学級日誌を始めるにあたって、日直は日誌に16行の8割以上の何かを書く、先生は生徒にが書いた分量以上、つまり最低でも300文字以上のコメントを必ず書く、という約束をする。
「日直は必ずスペースの八割は埋めること。サボった者は翌日も日直!」
「私も必ずコメントを返す。君たちは日直が回ってくる二ヶ月一度書くだけでいい。私は毎日、しかも君たち以上の量を書く」
日誌だから、学校のある日は原則毎日である。
結構しんどいとはずだけど、先生がやり遂げるから生徒さんもついて来たんだなと思ったし、実際、先生も意図があると書いている。
でも、この先生、日誌を読み終わると同時に書くべきコメントが頭の中で全文完成していて書くときは頭の中のそれを書き出すだけ、書くのにかかる時間は10分程度で仕上げているとのことで、文章を書くときコピペができないと泣きそうになるくらい四苦八苦している私にとって、この能力はうらやましい。

ある日の日誌に「人生にモテ期は3回存在する」という命題に、実は重解や虚数解があって、1回または1回も実在しない人もいるのでは? という会話が交わされているのは、解が3つあるのに二次関数を引き合い出すとはこれ如何にと思いもしたけど、驚きの発見を瑞々しい文章で描く才能と日々の勉学と生来のユーモアが融合していて、読んでるこちらも楽しくなる。

ともあれ、高校3年生の背伸びしているようなどこかかしこばった表現が愛らしいし、ときには意表を突く鋭い問いかけがあったり、対する先生も、生徒の投げかける疑問から敷衍してもっと先の向こう側にある何かを見せようとコメントを工夫をしているところに感心する。

それに、この本、クラス全員が登場するように気をつけている。
これは生徒たちにとって若い頃の自分が本に登場するのであるから一生の宝物になるに違いない。

好きなところをかいつまんで読んでもいいし、あっという間に読める代わりに、あのころの素直な感情に触れることができるので、まずはお手にとってはどうでしょうか。


2019/10/09

那覇ICの歩道はわかりにくい

那覇ICは、車優先なので横断歩道はなく、車道の下の歩道用トンネルをくぐる必要がある。

1枚目の画像の赤い線が歩道である。これが、初見の人にはわかりにくいらしい。
たぶん、歩道は車道沿いにあるという先入観がそうさせるのでは、と思う。
実際、ここで戸惑っている歩行者を何人も何組も見た。
自転車での通りがかりに「下からでーす!」ひと声かけて案内したこともある。

2枚の画像は1枚目の画像の(1)の矢印の方向へ向けて撮った。
歩道が途切れているように見える。
車以外は進入禁止の標識はあるが、人はどうすればいいのかがわからない。
3枚の画像は1枚目の画像の(2)の矢印方向へ向けて撮った。
初見の人にはこれが車道をくぐる歩道であることに想像が至らない。
4枚の画像は1枚目の画像の(3)の矢印方向へ向けて撮った。
右側奥のトンネルが見えるのにここでも迷っている人を見かけた。

事故を未然に防ぐには歩道を指し示す案内板が必要ではないかな。

2019/07/02

チャンピオンのサガリバナ

通勤途中にサガリバナの木がある。
日が暮れると咲き始め、夜が明けると散っていく、一夜花である。
これを毎晩繰り返す。
一つの木に何十という花を咲かせるが、鳥堀公民館前(または鳥堀自治会館前)のサガリバナは、画像を見てのとおり、絨毯かと見まがうほど花の量が半端ではない。
向かいのアパートの大家さんが毎朝掃除をしてもこの量である。
心の中でチャンピオンのサガリバナと勝手に呼んでいる。
この通り沿いにはあと4、5本あるが他のサガリバナを全部合わせてもチャンピオンの花の量にはかなわない。

チャンピオンの花の色はは画像のとおりピンクがかっている。
白いものが多いがここでも貫禄を見せつける。

首里崎山公民館前の馬場通り(または瑞泉通り)のサガリバナの並木が有名で、先日、車両を通行止めにして鑑賞会が開催されたようである。
サガリバナ鑑賞会

朝のポタリングで馬場通りを通るが、昨年は早朝にもかかわらず観光客が来ているのを何度かみたことがある。不作の年で殆ど咲いていなかったので、こっちまで残念な気持ちになった。

馬場通りがイマイチの場合は鳥堀公民館前のチャンピオンまでおいでくださいまし。

2019/06/25

FACTFULNESS(ファクトフルネス) - (著)ハンス・ロスリング , オーラ・ロスリング, アンナ・ロスリング・ロンランド, (翻訳)上杉 周作 , 関 美和

サブタイトルは「10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣 」です。
この本の内容そのまんまですね。

2019年1月の出版で2月ですでに8刷目、100万部超の販売ということなので、普段は本を読まない人も手にとっているだろうと思われます。

「ハコモノ」「炎上!」とか自然な日本語になっている訳もとてもいいです

でも、まだ読んでないし、筆者たちも知らない、という方は、筆者の一人、ハンス・ロスリングがTEDで行った講演を見てもらえるとよくわかります。



この本は、TEDでの講演のいくつかをさらに幅広く深く、ハンス・ロスリングの人生における印象的な出来事を交えながら進んでいきます。

知的な職業に従事する大勢の人たちへのアンケートで、チンパンジーより低い正答率(3択だったら33%以下とか)しか得られないのはなぜか?
筆者らは、偶然の確率より低い正答率は何かしらのバイアスがかかっていると考えるべきでしょう? まずはデータを見て真実の姿を捉えましょう、と訴えます。

全般的に面白かったのですが、先日、沖縄では慰霊の日を迎えたことだし、特に印象に残った渾身の教訓的文章を引用しましょう。
歴史を書き換えてはならない
 歴史を美化すればするほど、わたしたちや次の世代の人たちが、真実にたどり着けなくなってしまう。悲惨な過去について学ぶのは気が滅入るかもしれないが、真実を知るためには避けて通れない。
 過去をきちんと学べば、昔に比べたら、いまがどれだけ恵まれているかに気づくこともできる。そして次の世代はきっと、前の世代と同じように、たまには一歩後退しても、長い目で見れば平和、繁栄、問題解決の道を歩むことができるはずだ。(p.92 第2章 ネガティブ本能)
この本を読めば、多少問題はあっても、世界はここ数十年で急速に良くなっていると確信を持てますよ。ただし、まだ最貧にとどまる国や戦闘地域に住まわざるを得ない人々を除いては。

あっという間に読み進めて「おわりに」に辿りついて、急転直下の場面転換、衝撃を受けたことを告白しておきます。

2018/08/12

親子のための組踊鑑賞教室 執心鐘入

2号(♀14才)の夏休みの宿題に沖縄の伝統か何かを調べてまとめないといけないということで、国立劇場おきなわが主催している組踊鑑賞教室へ行ってきた。
(組踊はくみおどりと読む。300年前から続く中国からの冊封使をもてなすための琉球宮廷の伝統芸能。ユネスコ無形文化財)

これがよかった。
第一部は誰でも知っているストーリ「シンデレラ」を組踊化することで、組踊の約束事を紹介、学ばせて、第二部の「執心鐘入(しゅうしんかねいり)」で本番、古典を見させる構成。
このシンデレラが秀逸。
舞台と客席の垣根を取り払うよう親しみやすく、たくさんの笑いもあり、観客の一人を舞台に上げ演じさせることまでするんですよ。それなりのプライドを持って演じている方たちも技術の一流さはそのままになんとか組踊の復興に力を合わせていることが見て取れるのである。

親子教室ということもあり、半数は小中学生。中には団体で来ているところも3組はあった。
つまり、いきなり「執心鐘入」を見せても退屈するだけのところを「シンデレラ」を見せることで、リラックスした状態で組踊の見方が分かり、続く「執心鐘入」もほぼ満席の客席からおしゃべりは聞こえなかった。

この入門編「シンデレラ」を開発したのはブレイクスルーではないか。
(数年前から演っているようである)
外国語版もやればできそうだなぁとか夢は膨らむ。

大人にもおすすめだが、次はいつやるのか。

2017/07/31

雲のタイムラプス動画

Twitterには投稿してますが、改めてYouTubeにアップした雲のタイムラプス動画を挙げてみます。
通常のスピードでは同じように見える雲でも激しく変化している様がよく分かって面白いです。
10分間撮影して40秒に短縮されているので15倍速になります。

夏雲の変化は絶えずしてしかも元の水気にあらず

2017/07/30

ナナサンマル


今日は730(ナナサンマル)(wikipedia)。
1978年7月30日に沖縄県の自動車通行が右側から左側に変更になった日。日本に復帰して6年間は自動車の対面通行はアメリカと同じ右側通行だったということになります。
この年の夏休みは、父親の実家のある奄美大島に家族で初めて行っていて(搭乗機はYS-11!)、当日の午後に沖縄に戻ってきたので変更の瞬間は見てないませんが、その分、行く前と帰った後でのギャップに驚いた覚えがあります。
交差点などの信号機の近くのバス停は信号機の先に作るのがセオリーで、そのためにバス停の位置が交差点の向こう側へと移動となり、いざバスに乗り込むと、まず運転手を見てステップを上がって右側にあるチケットを取って左側に進むのではなく、ステップを上がるところまでは同じですが、左側にあるチケットを取って右側への進むのに違和感というか変化を感じました。
両親は自動車通勤でしたので、違う感想を持っていたと思いますが、 バスは当日を境に全数が切り替わったということと、今より公共交通機関として役割がずっと大きかったバスの違いをよく覚えているように思います。

ナナサンマル関連の記事に載っているのを見たことがないんですが、ナナサンマルの数ヶ月前から自動車のヘッドライトの光軸を進行方向右下から左下へ変更することが義務付けられていました。確か補助金が出てたいたはずです。左側通行で左下のまま走行すると対向車には眩しいのでナナサンマル当日までの間、ヘッドライトの中央に幅数cmの銀色のテープを水平に貼って眩しさ対策を行っていたのを覚えています(今見たらwikipediaには書いてありました……)。

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画像は晴れ、雨、曇りを同時に捕らえた自宅からのパノラマ。2017年7月22日撮影。

2017/04/14

小中高揃い踏みと Exit, Voice or Loyalty

この4月から、2号(♀12才)が中学校に通い始めました。
小学校の自由奔放な雰囲気から、制服、規則、部活動奨励とまるで猛獣を飼いならすような中学校の雰囲気にさらされることになりますが、2号にはなんとか楽しい3年間を送ってもらいたいものです。

時事問題は書かないようにしているのですが、トランプ政権のシリアに対するミサイル攻撃が、北朝鮮への武力攻撃を示唆する強烈なメッセージとなり、日本韓国中国を巻き込んで金武町が高まってじゃなくて、緊張が高まっています。米軍基地の集中する沖縄、特に嘉手納基地や軍民共用の那覇空港を始めとする沖縄本島のあちこちが、北朝鮮のミサイルのターゲットになっているであろうということぐらいは小学生でも検討がつきます。

イヤな情勢ですね。2度と沖縄を戦場にしてもらいたくないですね。これに尽きます。

Exit, Voice and Loyalty という言葉があるそうですが、退場するか声を上げるか、忠誠を誓うかのどちらか一つを選べと言われれば、今は淡々と日常の生活を送りつつ声を上げるくらいしか出来ません。
しかし、子どもたちは、自分で未来を作っていくべきなので、沖縄や日本にこだわる必要はないので退場という選択肢も取り得るでしょう。

さて、1号(♂17才)、3号(♀9才)がそれぞれ高校生、小学生なので、3人が別々の学校に通うことになりますが、これも来年には1号が家を出て何処かに行くやもしれず、人間5人と猫1匹の生活はこの1年かもしれません。

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画像は恩納村にあるOIST(沖縄科学技術大学院大学)のシーサイドハウス。

毎日を一歩一歩歩きながら、窓の外を眺めたり、窓を開けて外の空気を吸い込んだり、閉じられたドアを思い切って開けてみたり、寄り道しながらとりあえずどんどん遠くまで行けば思いもかけない心地よい環境があなたを待っているかもしれませんね。もっともまっすぐな道ばかりでないこともあるでしょうけど。


2016/10/27

正子・ロビンズ・サマーズ絵画展

正子・ロビンズ・サマーズ (Masako Shinjo Summers Robbins)の絵画展「辻、OKINAWA そして アメリカ」を帰宅の途中で大慌てで見入った。
沖縄タイムスビルのタイムスホールで、10月31日(月)まで。

3才で辻(沖縄の遊郭)に売られ、小学校も3年までしか行かず、沖縄戦では日本軍司令部と行動を共にし、戦争を生き延び、戦後すぐに辻での借金を支払い自由の身となり、米軍人と戦後第1号となる結婚をし、夫についてアメリカに渡り、2人の養子をもらい、離婚し、絵画に目覚め、絵で生計を立て、画廊を経営し、再婚し、アリゾナの短大で絵画を教え、孫に恵まれ、沖縄での絵画展の直前に亡くなった。
彼女の人生を綴った記事はこちら(沖縄タイムス)。

ここにはもう少し詳細な物語、自伝が書いてある。ただし、結婚前の借金を支払い自由になるまで。
My Story: A Daughter Recalls the Battle of Okinawa わたしがたり ある娘の沖縄戦
これによると、彼女が売られたのは、父親が足が悪く仕事もできず、弟が病気を患っており、極度に貧しかったためだったと、後に知ったそうだ。

追悼サイトもある。
In Memory of Masako S. Robbins

肝心の絵は、油絵もあったが、水彩画でも油絵のようなタッチでどちらかと言うと寂寥感を掻き立てるものが多く、生まれ故郷である沖縄の伊江島が見える海岸を描いた絵もあったがこの絵も寂しさ感じさせるものであった。
(売るためだったとも書いてあったが、そうではないのではないか)

運命に翻弄されながらも生き抜いた強い人だったのだな。

2016/05/19

沖縄彫刻都市 (尾形一郎、尾形優 著)

サブタイトルは
「沖縄はなぜコンクリートブロックで溢れているのか?」
「建築から見たもう一つの沖縄戦後史」
でとても適切。

ジュンク堂でたまたま見かけて値段も見ずに購入。
案外高かったが、戦後、雨後の筍のように発生し今も生存し続けている沖縄のコンクリートブロック建築に興味がある人には面白い本に仕上がっている。

戦後アメリカ軍が持ち込んだコンクリートブロックで彫刻を行う能勢孝二郎氏の作品から物語を導入していき、戦後のコンクリートブロック建築が沖縄に普及していった過程を追いかけるといった風。
英語での要約もついているのでちょっとした沖縄建築の紹介にも使える。
コンクリートブロックそのものへの彫刻というオリジナリティと、コンクリートブロック建築が織りなす他にない彫刻然ととした佇まいを合わせて彫刻都市と呼んでみたようだ。
コンクリートブロック建築に関する記述では、沖縄に対する異邦人としての視点もからめて、コンクリートブロック建築の自由さを他の地域にはない特徴として描いているのが面白い。また、沖縄工業高校が、戦後すぐの人材不足の中、工業高校そのものの目的である速やかに技術を身につけて世に出すことを地で行い、建築関係者排出の孵卵器として役割を果たしたなどを例として、戦後沖縄の建築史が分かりやすく記述されていてこれも面白い。
著者は親子と思われる2名なのだが、内容の時間的スケールからみて、前半が子、後半が親の執筆だろうか。

沖縄は「石灰岩文化」と定義した「琉球の住まい」(福島俊介著)(amazon)があり、沖縄の住宅をその集落や歴史から捉えた本として今読んでもとても良い本だと思うが、「沖縄彫刻都市」は沖縄の石造建築の歴史を踏まえつつ、コンクリートブロックとコンクリートブロック造の建築に対する著者の情熱を冷静な文章で綴っているように思えた。

もっとも、現代の沖縄では、コンクリート造(RC)による建築が主で(我が家もそうだ)、木造は相変わらずほとんど造られないが、コンクリートブロック造(RCB)の家の建築数も以前ほどではない。RCが主流な理由は、RCBよりデザインが比較的自由に出来ること、その自由さを活かしたモダンなデザインを行える建築家が多くなってきたことにあるかと思う。RCBは昭和の遺跡といった感も個人的にあるが、RCBも、RCBの上からモルタルを塗らずにRCBであることを表面から隠さず、そのレゴのような規格的側面を表に出してモダンな設計に変化しつつある。
また、同じ琉球諸島の中でもRCBの家が沖縄には多く、奄美大島では木造建築がメインであるのは台風だけが理由ではないのでは? と問うが、奄美と沖縄では台風の影響はかなり異なるように思うし、現地で木造住宅を見ると沖縄では台風で吹き飛ばされそうな家が何十年も残っているのはそれを裏付けるものではないかと思う。





2016/05/09

国頭村森林公園で二泊三日のキャンプ

このゴールデンウィークに、国頭村森林公園のオートキャンプ場で二泊三日のキャンプに行ってきた。

2年前に東村にお泊まりに行った時(東村慶佐次で2泊3日)、BBQ用のファイヤースターターを購入したのを皮切りに、昨年にウェーバーのグリルとハンモックを購入、囲炉裏テーブルも揃えてベランダでBBQをする傍ら、キャンプ場の予約を先にした私の素敵な奥様が遅れてテントを購入(熊本地震の影響でなかなか届かずヤキモキ)、テントを買うなら夜は暗いからランタンも、それなら昼間は暑いしタープもね、とアッという間にキャンパー一家になっていた。
もっとも、自前のテントがなかっただけで、寝袋はあって、子どもたちはボーイスカウトやガールスカウト活動を通じて親子ともどもキャンプ生活は経験済みだった訳だとけど。
ちなみに(何にもちなんでない)1号(♂16才)は都合により不参加。

1枚目の画像、テントもタープもキャプテンスタッグのお値打ちモノ(オルディナ スクリーンドーム(amazon)、オルディナ ヘキサタープ セット(amazon))。どちらも生地は薄いけど、それぞれ安価であったと同時に4面スクリーンがテント購入の、消耗品であるとの割り切りがタープ購入のそれぞれの決め手であった。
テントの中は高さがあって広い。4人〜6人用とのことであるが、4人なら余裕、5人まで大丈夫、6人は冬の寒い時期で荷物置場を考慮すれば行けるかな、と思った。少し狭いけど前室を作れるのは何かと便利。性能はパーフェクトではないかもしれないが機能で我が家の要望を満たしている。
タープは仕様通りに耐水圧は低い(PU1,000mm)ので2日目の朝の大量の露では裏まで染みていた。


2枚目の画像は、初日に3号(♀8才)が捕まえたトンボ。テントの中で放したり、ひとしきり遊んだ後、夜のうちに逃がしたのだが、夜は飛ばないらしく、2日目の朝も同じ場所で休んでいた。3号がつつくと、もう朝であることにやっと気づいたように慌てて飛んでいった。
2日目は田嘉里ダムで水遊び。
4月は雨が多かったせいか水量は豊富で、以前はよく見つけたエビやカニや魚類はあまり見つけられずに、戦果はカニ一匹と小魚一匹。
観察後にリリースした。

3枚目の画像。
戦果と記念撮影しているところを記念撮影。
4枚目と5枚目の画像は自作凧。
2号(♀11才)からリクエストがあって、2年前に作ったように(秋休みの宿題 (立体凧を手作りして飛ばす ← 揚げる))、竹ひごで骨を組み、ゴミ袋を裂いて膜にして、接合部はマスキングテープとし、ゲイラカイトを意識した凧を作って飛ばす。
安定して飛ばないのはチョチョイのチャチャッと作ったからであるのはわかっていたが。
あとで調べるとゲイラカイトとは構造が違う。似て非なるもの。
思い込みダメ、よく見るよろし。
場所を変えて海辺で。
今回の凧は反省しまくり。

キャンプというのは、何不自由のない家を離れて、雨風を凌ぐ空間を作り、寝床を準備し、食材の調達と料理に食事をし、間に休憩を入れ、何事も後片付けがつきまとうといった1日の生活を新たに自力で建てることと、天気や風向きを常に気にかけ、太陽と雲と木々の光と影が織りなす明暗に目を凝らし、木々の葉の擦れる音、鳥の鳴き声、虫の羽音などの自然の声に耳を澄ますことに醍醐味があるのだと思った。
これを面倒くさいという人もいれば、やりがいを感じる人もいるわけで、私の場合、体の動くうちはキャンプで遊んでもいいなと思った次第。
それに奥様もやる気あるしね。
ブヨには体のあちこちを何箇所も刺されたけど(二つ目の反省点)。


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