2014/08/08

辺野古の海

この間、沖縄高専のサマースクールに1号(♂14才)を送るため、名護市の辺野古まで行ってきた。彼が高専の先生たちの授業を受けている間、やることもないし、せっかくだからと近くの辺野古の海まで足を伸ばしてみることにした。車で5分である。
訪れたのは、キャンプ・シュワブに隣接する辺野古の漁港の隣のビーチではなく、シュワブから遠ざかる方向のいちゃんだビーチ。ちなみに「いちゃんだ」とは無料とか報酬なしという意味の沖縄語。
1枚目の画像は、訪れたビーチを示すGoogle Mapsを画面キャプチャしたところ。画面中央の出っ歯ている部分が辺野古崎でキャンプ・シュワブ内にある。

2枚目の画像は、そのビーチの様子。ビーチグラスが豊富にあって、あまり人が訪れない場所であることを匂わせる。私の記憶にある40年位前の沖縄本島中北部の海はこうだったなぁ、と錯覚させるくらい手垢がついていない。
当然ながら海もきれいで、ここを埋め立てるというのは、正直なところ阿呆の所業なんだろうと思う。
それにしても思い出すのは、ほぼ毎日の夕方、県庁前や久茂地交差点で街宣を続ける銀色の軽自動車があって、帰宅の足を進めながらこの車から流れるスピーチによくこれだけ喋れるもんだなぁ、とあらぬ方向で感心しているけれど、内容は一方的に政府よりだし、冷静に聞けば沖縄人を丁寧な言葉で上から目線で小馬鹿にしているので、例えば
「沖縄のアイデンティティは防人です」
なんて政府の本音を教えてくれるものだから、スピーチが耳に入る度に、妙な感慨をいつも抱いている(誰のための防人やねん?)。
このスピーチは、少なくとも私には逆効果でしかない。

てなことを考えているうちに、そろそろ帰るべ、と車を出そうとすると、来た時はまさに仮想の厳戒態勢をくぐり抜けるほど警戒していたのに、帰るときには考え事に気を取られて足を取られてしまった。つまり車が砂地にスタックしてしまった(3枚目の画像)。蟻地獄さながらである。
ま、冷静に焦りながら、石や板をかき集めてタイヤの下に敷いて何度かのチャレンジで脱出できた。
この経験からいくつかの人生訓ができそうな気もするが、そんな人生訓は誰もありがたがらないだろうから書かないけれど、辺野古の基地問題は蟻地獄なようなものと例えることはできそうな気がする。ここから上手いこと脱出できるだろうか。
4枚目の画像が沖縄高専のピロティーから望む学生寮。
その先にスタック辺野古の海が見える。
つまり、学生寮から辺野古の海がよく見えるわけで、学生と海とがコントラストを成して集合している。
この画像に沖縄の未来が凝縮されている気がする。

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画像はiPhone5で撮影。

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