2017/10/31

正方形のものを置くときは90度ずらしたい

1枚目の画像のような、四角いランチョンマットに正方形の容器(クリームシチューとオムレツが入ったガラス容器)を置く場合、90度ずらして菱形に置きたくなります。
そうすると、白く丸い皿(挽肉とブロッコリー)を置く余地が生まれます。
90度ずらさないで置くと、皿の一つは画像からはみ出してしまうでしょう。
でも、私のやり方は一般的でないようで、居酒屋などではテーブルの辺と平行(垂直)になるように元に戻されたりします。
(あーあと思う)

次に、レストランでのテーブルの配置を考えてみましょう。
レストランのテーブルを配置する場合に、一つのテーブルが占める面積には、
  • テーブルの面積
  • 椅子の面積
  • 椅子の可動面積 (座ったり、引いたりするため)
  • 通路の面積 (テーブルとテーブルの間を人が通るため)
などが必要になります。
よくあるのは四角い部屋の壁と平行、または、垂直に置く方法です。
2枚目の画像の上の配置です。

ところが、2枚目の画像の中の配置のように90度ずらすだけで、一つのテーブルの占める面積がぐーっと減って、同じテーブル数でもレストラン全体で必要な面積が削減されていることが一目瞭然です。

世の中のあらゆるものを平行垂直に置きたい派があるとすれば、彼らの心理的満足(見た目)と利用効率の妥協点として、正方形型のテーブルを使わずに長方形のテーブルを使うという方法があります。二人ずつ長辺に座るのがよくあるケースです。短辺側を通路に使います。
これはこれで優れた方法です。
でもですね、長方形4人がけのテーブルって他人と常に相対して圧迫感あるか、真横で顔色が伺えない感じで気まずいんですよね。
コーチングなどで座り方としてよく推奨されているように、正方形のテーブルなら斜め横に座ることによって、他人との居心地の悪さを解消できるのです。

平行垂直に置くのが当たり前、疑ったことさえないという人が多くて、私のような置き方をする人に会った記憶がありません。
(日本の)世の多くの人って、面積あたりの使用効率とか考えたことがないのかしらと思うのです。

2017/10/25

uyabin の母、老人ホームへ行く

7月のある日の深夜、弟のところに警察から電話があり、母親の深夜徘徊が発覚しました。

自分の家、とは言っても自分のお金で建てた私と弟の実家ではなく、自分が生まれ育ったオジーとオバーの家を探していたそうです。
オジーとオバーの家を探してタクシーで行くのはいいけれど、帰ってこれないというのは今まで何度もあり、お隣の人や近所の人に助けてもらったり、弟が探し出したりしながら、でも、深夜に外出というのはありませんでした。
母親は一人暮らしで、実家から徒歩10分に住む弟が通勤の傍ら朝晩顔を出していたのですが、その日の夜も、帰宅前に顔を出して無事を確認したのに、寝ているところを起こされたわけです。仕事も家庭もある彼でもさすがに24時間監視は出来ません。しかも、弟は転勤が決まって、時間も不規則になるというので、ここで降参です。
一人暮らしの潮時だと兄弟で意見が一致します。
他力に頼ること、つまり、老人ホームの世話になることにしました。

そうと決まれば、あとは行動するばかり。
ケアマネさんと相談し、実家から車で5分ほどの老人ホームを紹介され、弟夫婦と見学してみると、父親のときに見学した幾つかの老人ホームとは違い、規模も大きくなく職員はアットホームな雰囲気で、でも、事務の人は真面目に仕事をしていて、ここなら大丈夫そうだとほぼ即決で決めました。
インターネットでは満室と出てましたが、情報が古いようで、現実の情報はまた違うものだといらぬところで再認識したのはご愛嬌です。
当然、母親も見学し、職員さんとも面談します。
あれほど執着のあった洋服にも今はまるで未練はなし、認知症は進行しています。
母親には、兄弟それぞれ別々に、老人ホームの方が必ず誰か人がいるので夜も怖くない、安心だよと諭します。今の彼女はこれで納得するのです。

老人ホームより、入所が決まったとの知らせを受けたのが7月の下旬、そして、準備やら手続きやらを済ませ、とうとう、8月の中旬に入所します。
最初の訪問のとき、帰り際に追いかけてきて、出口の横の大きな窓から、まるで子どものように恨めしそうな顔でこちらを見ていたのを覚えています。「なんで、私を連れて行かないのか?」とでも言っているかのように。
職員さんによると、老人ホームに入所して最初の3日間は警戒していたのか、ご飯もあまり食べないか箸をつけなかったらしいです。その後徐々に緊張も溶けてきて、やっと落ち着いてきたと言います。
週1回は老人ホームに顔を出すようにしていますが、彼女がだんだんと老人ホームでの生活を受け入れている様子を感じ取ることができます。
彼女の個室でとりとめのない会話をするのですが、「オジーとオバーの家に行こう」と必ず言ってきます。オジーもオバーももうだいぶ前に亡くなったと話すとびっくりするのです。
彼女の脳にはもう新しい記憶が定着する余地はあまりなく、固着した記憶の中で生きているように思えます。

ここまで書いていて、弟が頻出しています。子供時代の育て方(年子だったので3年ほど信頼する夫婦に預けられてた)にわだかまりのある弟が、母親と口喧嘩しながらも最も母親の世話を焼いているというのは、なんと言えばいいんでしょう。

画像は母親が入所する10日前に撮った夕景。
人生の黄昏時は自分で選べませんね。
ただ、これまで生きてきたやり方で運命に向き合うだけなのかな、と長年の喫煙と不摂生で内臓が限界を迎えて亡くなった父親と脳が限界を迎えつつある老人ホームにいる母親を見て思います。

2017/10/24

太陽光発電 パワーコンデショナー故障

ある日、シャープと名乗る人から、お宅の太陽光発電の発電量が低下している、よければ担当のものを派遣して調査させるので日程調整をよろしく、と携帯に電話がありました。
確かに5日ほど前から発電量が通常の半分くらいになっていますよ。
おお、監視されてる(いい意味で)。
ちなみに、土曜日に電話をかけてきた男性の担当の方のは、翌日の日曜日も出社でお昼時間は営業時間外とか言っていたので、シャープの太陽光発電監視団の運用体制に想像を巡らせてしまったのは職業病であります。

ありがたく点検の申し出を受けて、点検に来てもらいます。
対応は私の素敵な奥様。
当日の朝、屋上登る用に脚立を用意して出かけたましたが、結局使わなかったそうな。
決め打ちのにようにパワーコンディショナーを点検して3ユニットあるうちの1ユニットがNGで、(たぶん容量の関係で)未使用のユニットと交換して復旧したそうです。
故障するならココという知見が溜まっているのだろうな。
(以下の行為は危険なので真似しないように)
後日、パワーコンディショナーを開けてみると、結構な部品の山。
表面実装系を見慣れている今となっては、電源系の基板がレトロに思えることよ。

設置から5年が経過したので、故障が出てもおかしくないですが、10年保証の間に膿が出てくれることを祈るばかり。

というか、故障したユニットの交換にまだ来ないですね。
忘れたかな。

(追記:2017/11/15)
続きがあります → 太陽光発電 パワーコンデショナー故障 → 交換

2017/10/23

9月のブログの投稿が0件だった。

(人)「ムシャクシャしてた。今は反省している」
(牛)「ムシャムシャしてた。今は反芻している」
というのが好き。

画像は、季節外れの身も心もココにあらずな地下組織の会議の様子。

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